【三人閑談】
塩の魅力
2023/01/25
塩にこだわるトレンド
前田 世界のシェフで、日本の塩が素晴らしいと言っている方は多いのですか。
杉本 私は長いことフランスにいてロンドンでも仕事をしましたが、日本の塩がいいから使っているというシェフには会ったことはないですね。
それは自国の塩でも大変高品質なものが各地にあって、言ってみれば国民性なのかもしれないですけど、自分たちのものをちゃんと自分たちがアピールしていく、いいものを世に出していく、自分たちの作りだしているものに誇りを持って使っているからかもしれません。
青山 そうだと思います。特にフランスは自国に対する愛情が半端ではないですよね。名産地であるゲランド以外にもいい製塩地があって、その中だけでも20種類ぐらいのいい塩が手に入るので、わざわざ他国のものなんか使う必要がないと考えているのだと思うのです。
逆に日本がすごく珍しい。一般家庭レベルでこんなに広く他国の塩を輸入してまで、あれでもないこれでもないと言って使い分けているのは日本だけです。
前田 最近の傾向として、やはり外国産の塩を求める個人の消費者は多くなっているのでしょうか。
青山 何となくピンク色の岩塩を使っていると「私、おしゃれ」みたいな意識があるということは感じます。「塩にこだわっている私、健康のことを考えていてちょっといい」みたいな、自己承認欲求をちょっと上げてくれる日常のアイテムみたいな扱いにはなっていますね。前田さんも今日をきっかけに少しでも塩の魅力に目覚めていただけたらうれしいんですけど(笑)。
前田 「塩の歴史を研究しています」と言うと、「どこの塩がいいんですか」とかよく尋ねられて困っています(笑)。
青山 絶対聞かれますよね。
前田 以前、あるお寿司屋さんを訪れた際にご主人が「私はこういう塩を使っているんです」とすごく熱く語っていただいたんです。でも、何のことかさっぱりわからない(笑)。
塩の話は間違って伝わりやすい?
前田 おっしゃられたように、ピンク色の塩を使っていると何かイケてるみたいなのはあるのかなと思います。しかし、そのピンク色の塩を「ヒマラヤ産の天日塩」と表記している店がありました。「ヒマラヤ産の天日塩ってなんだよ」と思いまして、若干情報に混乱もあるなと。岩塩と天日塩を区別できていないのでしょう。
青山 そういう話は結構聞きます。自由化になってまだ20年ぐらいしかたっていない上に、小規模事業者が非常に多いので、情報発信活動もあまりなく、塩の情報はほとんど消費者に伝わっていない感じですね。
例えば時々テレビや雑誌が特集すると、「わあ、間違っている」みたいなことが発信されていたり、SNSでも、皆さんかなり好き勝手に言っていらっしゃったりするので、相当誤った情報が流布されてしまっていると思います。
前田 歴史をやっている人間からすると、塩というのはそうなりやすいのかなと思う節もあるのです。もともと塩は、冷蔵設備がない時代に保存の手段としてよく用いられていました。例えば、魚は全部塩漬けにすることで腐敗を防いでいたので、漁業者はある意味で塩使いのプロだったわけです。
しかし、明治期に北海道の漁業者は意図的に品質の悪い塩を調達していました。それはもちろん安価な特徴にも起因しましたが、理由はほかにもありました。北海道の漁業者には、塩化ナトリウムではなく、にがりの成分が腐敗の防止に効いていると信じている人々がいました。つまり、塩分濃度が低い塩を使った方が日持ちするという誤った知識が広がっていたのです。
それゆえに、オットセイなどの毛皮をヨーロッパへ輸出する際にもわざわざ塩分濃度が低い塩で保存処理することもあった。結果として輸送中の赤道通過時に腐ってしまう。
それでようやく間違いに気付いて、塩分濃度の高い塩を使うべきと気付くようなことがありました。塩は身近なものであるからこそ、都市伝説的な風説が広まりやすい面があるのかもしれません。
「ばらつき」こそが塩の魅力
青山 杉本さんは、これから塩の魅力をどのように料理で表現したいと思っていますか。
杉本 新しい料理を塩で表現していくというのは、なかなか難しいことかもしれませんが、今までプロが調理のため、調理工程のため、料理をおいしくするため、保存のためにいろいろ塩と向き合ってきたと思うのです。
プロが代々紡いできた塩との対峙の仕方がもっと世に出て広まっていくことが、より塩の魅力を皆さんが再発見するきっかけになるかなとは思います。塩ってこういうふうに使うと、体にももちろんいい、食材にもいいということを、少しでも広めていけたらいいなとは思います。
私は様々な食材に向き合い、食品ロスなどの社会的課題に対しても取り組んでいきたいと考えています。「食べて健康になる」という食事のあり方、食のあり方もこれからどんどん追求していきたいと思っています。われわれが提供しているサービスのラグジュアリーな空間であっても、そういうことが少しでも考えられ、ラグジュアリーな価値としても提供できないかと、今、模索しているところです。そこにおいて塩も必要不可欠なアイテムになってくると思っています。
前田 塩は近代日本においてかなり早い時期から自給率が低下した商品です。戦前期は供給を植民地に依存し、敗戦による植民地喪失後は諸外国に依存してきました。現在は、メキシコとオーストラリアに依存しています。
このように自給率が低くなった要因の1つには、製塩地整理のような専売局による政策がありました。そして、先ほど青山さんのお話にもあったように、現在ではいろいろな海外産の塩が一流レストランから一般家庭まで幅広く流通する日本独特のマーケットが成立しています。こうした特徴的なマーケットの成立要因の1つに、1世紀以上の長期にわたって海外から塩を取り寄せ、それを使っているという日本の消費のあり方が関係しているのかなと思いました。
青山 今日、実にいろいろな話題が出たと思うのですが、この話の「ばらつき」こそが塩の魅力だと思っています。塩は、健康はもちろん、各地域の食文化や歴史、経済発展にも深く関わってきました。美容にも活用されています。この、切り口があまりにもたくさんあるのが塩の楽しさかなと思い、このバラエティー豊かな楽しさをもっといろいろな人に知ってもらいたいですね。
(2022年11月24日、オンラインにより収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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