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【三人閑談】
塩の魅力

2023/01/25

料理とどう合わせるか

青山 塩=ナトリウムという認識が長く続いたため、ナトリウム以外のミネラルがどのように、発酵や熟成、旨味の分解などに関与しているかという研究がまだあまり進んでいないんです。そこが解明されていくと面白いのかなと思います。お肉の発色とかすごく変わるんですね。

前田 塩の種類によって変わるということですか。

青山 これはあくまで経験則でしかないのですが、マグネシウムが多い塩、いわゆる「にがり」を多く含む塩で仕込むとちょっと灰色になったりします。そうすると味はおいしいんだけど、見た目のせいで、トータルのおいしさは下がってしまうのです。目をつぶって食べたらすごくおいしいですが、料理はそういうものではないと思うので、そこの最適解を探していく世界なのかなと。

たぶん家庭料理ではそこまでやらないので、それがレストランでシェフがお客さまに提供されるお料理の世界になるのかなと思うのです。

杉本 そうですね。われわれが行っている最大限食材の魅力を生かす領域はそこかもしれませんね。

前田 杉本さんは普段、何種類ぐらいの塩を使われるのですか。

杉本 平時では3種類ぐらいですね。値段もそんなに高くない、大量に使ってもいいというもの。あとは岩塩といわれる塩とフルール・ド・セルと呼ばれる結晶の一番澄んだ塩。それは常備しています。

あと気を付けているのは使うタイミングです。最終的にお客さまにこの塩の感じ、塩が引き出す食材の味を届けたいタイミングで使うのと、調理工程のタイミングを使い分けています。

個人的にも塩は数種類持っています。塩だけで食感を楽しめる塩というのが私は大好きで、中でもイギリスのマルドンの塩はよく使っています。食感に加えてちょっとスモークがかかっている塩だと、より料理に奥行きが出て大変おいしいものになります。

青山 お料理と塩を合わせるときは味だけではなくて、食感、テクスチャーもすごく重要になりますね。塩というと、白い粒々のイメージがありますが、球状の大きい真珠のような塩もあったり、いろいろな形があるので、これで食感がかなり変わってきます。

下味で使う塩と、トッピングの塩は別のものをお使いいただく方も結構いらっしゃる。そのあたりも追求していくと面白いのです。

塩マーケットの可能性

青山 また、塩はマーケットとしても特殊なのですごく面白いと思っているんです。現代の塩市場においては、基本的にものの価格が品質と一切比例しないのです。安いから悪い塩というわけでもないし、高いからいい塩というわけでもない。

専売制度が終了するまでの塩の市場というのは、いわゆる家庭用食塩はずっと決められた低価格で売られてきました。それこそ1キロ100円ぐらいで売られていて、マーケットも家庭用食塩がほとんどを占めているので、それ以外の塩のパイが小さいのです。

でも、専売制度が終わって約20年が経った今日、100グラム500円ぐらいする、世間では自然塩とか天然塩と呼ばれているもののマーケットが拡がっています。家庭用食塩の使用量は減っても、そのマーケットが拡がっていくことで市場全体はさほどシュリンクしないのです。

これは夢物語ですが、もしすべての人が嗜好性食品として塩を選ぶようになった世界が来て、100グラム500円の塩を当たり前に買うようになると、マーケットサイズが突然50倍になるわけです。このような可能性を秘めたマーケットは他の食べ物にはありません。今後の広報の仕方によっては、マーケットサイズがボンと広がる可能性があると思っています。

前田 品質と価格に関連がないと表現する場合、「品質」を構成する要素は何なのかなと思うのです。専売制度の下では非常にシンプルで、基本的には塩化ナトリウム含有率の高さが品質の尺度でした。

しかし、それは専売制度時代特有の考え方なのかもしれません。専売制度が導入される前は、塩の塩化ナトリウム含有率を計測することは現代よりはるかに難しかった。ですから、価格は産地の情報、包装が俵なのか叺(かます)なのかといったことでも変わりました。

おそらく今の塩市場は、専売制度時代のように「塩化ナトリウム含有率が品質を示す唯一の尺度」という状況ではないと思います。だとすると、品質と価格に関連がないというより、むしろ品質をどう判断するのかという基準が非常に多様化したということではないかと。

青山 そうかもしれませんね。なぜ赤穂(あこう)の塩がブランドになったかという話をすると、専売制度の時代、再生加工塩、つまり「海外から輸入してきた塩を日本でもう1回手をかけて作り直すのだったら売ってもいいですよ」という許可が1973年に出たのです。その時に後に赤穂の天塩の母体となる自然塩の復興運動をしていた人たちが、海外産の塩であっても、そこに手を加えて日本の昔の塩に近い塩を作れるのなら作ろうということで作りはじめたのが赤穂の天塩と伯方(はかた)の塩です。

すると昔っぽい塩が食べたいなと思っていた人がこの2つを選び始めたのですね。その後、赤穂の天塩はどちらかというと加工食品業者向けに、伯方の塩は料理業界に強いアプローチをしていったので、だんだん棲み分けができてきました。料理業界の方に聞くと、赤穂の天塩より伯方の塩の方が一般的ですよね。

杉本 そうですね。プロの世界では一般的なのかもしれないですね。

青山 何をもって品質が優れているのかという話ですが、塩の面白いところは、私は絶対的な1つのブランドがないところだと思っています。例えば穀物で育った和牛に相性がよい塩でも、真鯛の刺身に付けて食べると、塩の味が強すぎて真鯛の味を殺してしまうことが多いのです。

前田 用途によって特性がそれぞれあると。

青山 はい。例えば最近だと「にがり」を多く含んだ塩が好まれる傾向がありますが、ベタベタしているので、焼き鳥の振り塩で使うと、ボタッボタッと落ちるので指でつかんで上手に振れないのです。

杉本 振り過ぎてしまいますね。

青山 結果ものすごくしょっぱくなってしまう。用途によって塩の良し悪しが変わることはあると思います。

塩の魅力の拡がり

杉本 今、日本全国、世界もそうですが、お土産になるちょうどいいサイズの塩がいろいろ出ていますね。私はそれがすごく魅力だなと思っているんです。その土地に行ったことのない人もそこのお塩を使う、プレゼントとしていいですよね。

最近、多様性を追求した食のあり方ということで、帝国ホテルでビーガンの方に向けて、植物性のものに特化した料理を追求しているのですが、海洋国である日本は旨味をどこから持ってきたのかと考えると、やはり昆布なのです。

カツオは動物性なので使えないとすると昆布になります。昆布はもちろん海の中にあるもので、それを使って料理をするときに、昆布が育った海水の塩で最終的に昆布のおだしと一緒に調理をしていくとすごく魅力を感じるんです。そこに行ったことがなくても、そこの環境を味わうということにつながる魅力的な使い方だなと思って。

青山 すごくよく分かります。もともとの産地というか、血筋が一緒みたいな話ですね。特にお米は産地の影響が強く出る傾向があるんです。やはり水で育つからです。そしてその水脈が流れ込んでいる海の海水で作った塩とはやはり相性が合いやすいのです。

何かDNAが一緒みたいな感覚です。そしてその考え方が、たぶんナチュラルベーシックというか、プラントベースを召し上がる方、ビーガンの方の志向にも寄り添うので、今後増えていくのではないかという気はしています。

杉本 そうですね。そういう多様性を持った塩の食における魅力は、ますますいろいろな可能性があるなと感じます。

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