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【三人閑談】
塩の魅力

2023/01/25

塩専売と植民地塩

青山 日本では、1971年に第4次塩業整備事業という法律が公布され、イオン膜を使った塩しか作ってはいけないとなったため、そこで急に海水中のナトリウムだけを取り出した塩だけが流通するようになったのです。

それまでの人類の歴史としては、ナトリウム以外のミネラルを含んだ、昔で言ういわゆる差塩(さしじお)と呼ばれてきたようなベタベタした「にがり」をいっぱい含んだ塩を使ってきた歴史のほうが古いのです。

前田 その意味では、1905年の塩専売制度導入以前は、塩の選び方には塩化ナトリウム含有率以外のいろいろな尺度があったと思うのです。

例えば、杉本さんのように専門の料理人の方だったら、食材選びも食材の生産者側が発信している情報だけではなくて、シェフ同士の情報交換などから得た知識も利用できると思うのですが、一般消費者にはなかなか難しい。そうすると「見た目」のような誰にでも分かりやすい情報が重要になる。

杉本 確かに一般の方が細かい情報を集めるのは難しいでしょうね。

前田 戦前期も同じです。内地塩と見た目が異なる台湾塩は売れないんです。しかし、それでは台湾総督府は困るのです。総督府も本国政府と同様に塩専売制度から歳入を得ていましたから。そこで、移入業者は台湾から内地に持ってきた天日塩を海水に溶かして煎熬したのです。

こうした作業を経た塩を再製塩と言いますが、結局のところ内地の消費者は、天日塩は煎熬しないと食べなかった。これが、少なくとも第1次大戦期ぐらいまでの内地における塩消費の実情です。

青山 そのような事情があったのですね。

前田 塩専売制度の下で大蔵省専売局は、1910~11年の製塩地整理で全国において製塩地の多くを廃絶させました。それまでは、例えば東北地方では宮城県、九州地方では福岡県が塩の一大生産地であったように、各地域にある程度の規模の生産地が存在していました。それらは主産地の瀬戸内地域と比べれば小規模でしたが、一定程度は塩を地域内で賄えていました。しかし、そのような生産地の多くが廃絶され、結局大蔵省専売局が内地全体で塩の需給調整を担う形になったわけですね。

そして、内地全体の塩の需要を満たすような供給を行うためには、植民地から塩を入れないといけない状況になってしまったわけです。

しかし、塩が足りないから天日塩を買ってくださいと言っても消費者は買わないんです。いくら専売制度の下といっても政府が無理やり買わせるわけにいきませんので、政府としても消費者が買ってくれるものを供給しなければならない。そこで、植民地塩には再製塩の作業を施し、白色粉末状の塩として供給するしかなかったのです。

浸透圧を使った料理法

前田 さまざまな塩がある中で、やはり料理の用途に応じて使い方も変わってくるのでしょうか?

杉本 塩というのは味を決めていくものとしての使い方が第一ですが、調理工程で使っていく塩というのもとても重要です。

お魚などがいい例ですが、まずお魚を水洗いして、真水ではなくて塩分濃度が3%くらいの塩水につける。そうすると浸透圧によって、余分な水分や臭みが外に出ていく。それで鮮度を保つのです。私はその際、真水と氷を使って、氷の中で締めながら塩分の高いところに漬けていくというやり方をしています。そうすると、お客様にご提供するお皿の上の仕上がりの状態まで魚の身の質が全然違うのです。そういった塩の魅力は現場の第一線にいて感じます。

また、私は主がフランス料理ですので、フランス料理で野菜などを炒めるときに必ず「塩をしなさい」と教わります。何かと言うと、それも浸透圧で、野菜を炒めるときに表面に塩が付いている部分は塩分濃度が高くなるので、野菜から自分の水分が外に出ようとする働きをするわけです。塩分濃度の高い方に移行する、水分を出させることによって、その野菜の持っている味がギュッと凝縮するのです。この野菜の調理法をフランス料理では最初に覚えます。

前田 浸透圧が重要なのですね。

杉本 もしかしたら料理人が一番最初に覚えるフランス語は「シュエ(Suer)」かもしれません。「汗をかかせる」という意味ですが、必ず野菜を炒めるときには少量の塩をして汗をかかせる。余分な水分を足して火を入れていくのではなく、自からが持つ水分を利用して火を通していく、というのがフランス料理における塩の使い方です。

青山 塩によって素材の味を引き出すのですね。

杉本 また、塩がどこで採れているかということが、最終的に料理が仕上がったときの味わいに大きく影響しますし、食事と共に楽しむ飲み物にも確実に影響してきます。

例えばカルシウムのようなものを多く含んでいる塩で味付けしたものには、同じ系統のワインが合うでしょうし、鉄分を多く含むと、鉄分に反応するようなワインは逆に合わない。塩ひとつ取っても料理だけではなく、それを取りまく周りの環境も左右するのです。

前田 なかなか深い話ですね。そういった料理を作る際に、塩のコーディネートを青山さんはされているわけですか。

青山 そうですね。シェフにどういうお料理を作られて、どういうふうにしたいかというお話をお伺いし「じゃあ、この塩にしましょう」とやっています。

今、2300種類ぐらいの塩を持っているのですが、1つ1つやはり個性が違います。形も違えば、味ももちろん違いますし、中のミネラルのバランスも違う。製法も産地も違うので、その時のお料理のコンセプトやテーマに合うようなものを選ぶのが私の役割になります。

前田 2300種類というのはすごいですね。それは海外のものも含めてですか?

青山 産地が日本国内の製塩所だけでも約600カ所あります。ただ、一製塩所で一製品しか作っていないわけではなく、「フルール・ド・セル」と呼ばれるような一番塩だけ製品化したものや中層や最下層にできた塩もまた別の製品にするので、1つの製塩所で3~4種類、多いところだと6~7種類の塩を販売しています。

するともう国産の塩だけで軽く千を超えてくるのです。そこに輸入されてきたものを含めると2300種類くらいになります。

塩はしょっぱいだけか?

前田 例えば、ソムリエはワインを「ナッツのような」などと複雑な表現をしますよね。確かにワインは、いろいろな味とか香りが複合的に混ざっているため、それをどう評価するかという表現が多様になるのは分かるのですが、塩というのは「しょっぱさ」以外を感じることがあるのでしょうか。

青山 味覚センサーの研究をされている方のお話を聞くと、いわゆる塩の「しょっぱみ」という味以外にも、いろいろな要素があることはデータでも出るのです。苦味や酸味というものもやはりあるということです。

よく、海水は世界中共通なのだから、味は変わらないのではないか、と言われます。確かにマクロで見れば同じと言えるのですが、ミクロに視点を移していくと、すごく流れの速い沖合なのか、入ってきた海水が大量に底にたまるような湾なのかによって、塩の原料として取水されるときの状態というのはだいぶ変わってくるのです。それが塩の味に影響を与えたりするのですね。

前田 20世紀初頭の台湾で日本が塩田を作ったときも、確かに海水の品質差が問題になったことがありました。ある日本人事業者が南部の高雄湾で塩田を作ろうとするのですが、そこには川が流れ込んでいるので海水の平均より塩分濃度が下がってしまっている。それで上手く塩ができなかったことがありました。

青山 川が流れ込むと製塩効率は非常に下がるんです。ただ、現代の塩マーケットでいくと、それもまた1つの面白みとして捉えられていて、産地の後ろの山なども注目されます。つまり、川が運んでくるものですね。

鉄鉱山なのか、リンが多い土壌なのか。山のミネラルが川を伝って海に流れ込んでくるため、塩分濃度は薄まるけれど、通常の海水にはないいろいろなものが含まれた状態で塩の原料として使われ、特徴のある塩ができやすかったりするのです。

前田 成分が特徴的な塩を使うと、料理も変わりますか?

杉本 仕上げの段階で振っていくようなタイミングだと、だいぶ影響があるのではないかと思います。

「塩が甘い」という表現がありますよね。これは何かなと思ったのですが、マイルドなテイストを感じるというお塩も中にはあるのです。それが人によっては「甘い」と感じるのではないかと思います。

青山 そうですね。「マイルド=甘い」という受け取り方が一般的だと思います。ナトリウムが「しょっぱみ」を呈するミネラルですが、ナトリウムしか入っていなければ鋭い刺さるような塩味になる。それが近代人にとってはノーマルなものとして扱われているので、それと比較したときに、ナトリウム以外のミネラルが入っていることによって塩味がまろやかになると「甘い」という表現になるのではないでしょうか。

また、ナトリウム以外のミネラルが多く含まれている塩は、塩味を付けること以外にも、有機物とくっついて働くという効果もあります。特に下ごしらえに使った場合などは、寝かせている間にアミノ酸を分解するスピードが速い塩も遅い塩もあるので、同じ肉や魚でも違うタイプの塩で仕込んでいただくと、全然違う仕上がりになりますよね。

杉本 そうですね。使い分けは難しいですけどね。

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