三田評論ONLINE

【三人閑談】
絨毯を愛でる

2022/12/26

トライバルラグの「癒し効果」

鎌田 一方、ここ数年、「BOHO(ボーホー)」と言われる新しいインテリアスタイルが欧米で人気です。BOHOとはボヘミアンとニューヨークのソーホーのことで、世界各地の様々な染織品とインテリアを取り合わせるものです。若い人たちもトライバルなものに惹かれる新しい動きがあるのですね。

グローバル社会の中で、ファストファッションなど何もかも世界中で画一化されていく。その中で、様々なストーリーがある本物に惹かれるのではないか。だから、手づくりの温かみのあるものが好まれるのかと思います。

 おっしゃったように、ここ1、2年、若い30代ぐらいの方がトライバルラグ、特に古い絨毯にすごく興味を持ってくれるようになり、意外と忙しくなってきました。

 よかったです。

 今まで日本では30年間、トライバルラグを扱う人はほとんどいなかったんです。欧米では研究書もたくさん出ていて誰でもある程度はわかりますが、日本では「トライバルラグ、それ何?」と。

 私もその言葉は今日初めて聞きました。そういうものがあることは知っていましたが。

 ここ2、3年で急にSNSなどで若い世代に広がってきて、写真をアップする芸能人の方とかが、結構出てきて、急にマーケットが変化し てきた感じです。

鎌田 トライバルなラグには「癒やし効果」もあると思います。精神科医のフロイトもトライバルラグのコレクターで、彼は自分の患者を診る部屋のカウチにカシュガイ族の大きなラグをかけていました。その診察室は、そのままロンドンのフロイト博物館に残されていますが、感情を和ませるような効果もきっとあったのではないかと思います。

 そうですね。僕も道具だったら無地でもいいのに、何で遊牧民が、こんな手間と暇をかけて糸を染めたり、柄も非常に複雑な文様を入れるのだろうと非常に不思議でした。

認知考古学という考古学の新しい流れがあります。人類は20万年もの間、道具にほとんど柄を入れてこなかったようですが3万年から5万年ぐらい前に、「心のビッグバン」と言われているようなことが起こり、洞窟に壁画を描いたり、使う石器に文様を入れるようになるらしいのです。それが同時多発的に起こって、われわれの生活は急に変化し始めたらしい。

このように文様、色や柄というものは、人の心理に非常に影響を与えるのではないか。だから遊牧民はこれだけ大変な思いをして、色とか柄も着物とか身の周りのものに入れるのだろうと、絨毯を見ていて感じることがあります。

 そうですよね。私が絨毯を好きなのも、きっとそこでしょうね。すっきりしたフローリングの部屋に憧れ、そのようにしてみると、今度はいろいろな柄が入ったものが欲しくなったりします。

素材を育て、それを使う

鎌田 絨毯の美しさは芸術家も惹きつけてきました。ドラクロワは「私が見た中で一番美しい絵画はペルシャ絨毯だ」と言っている。ウィリアム・モリスはペルシャ絨毯のコレクターで、彼のデザイン自体、イスラーム美術の影響をかなり受けています。

昔は優れたペルシャ絨毯を集めるのは、王侯貴族や大商人だけで、20世紀初めでも、例えばロックフェラーのような実業家でした。今は普通の人でも買えるようになり、いい時代だなと思います。一般市民でもトライバルなものであれば、古くていいものを買えるようになっているので。

 トライバルラグの古いものというのは、やはり使われていたものですか。

 道具として使われていたものです。テントの中での敷物の他、テントの骨組みを組み立て、その屋根や壁になるようなラグも必要です。遊牧民は移動が多く、1年にほぼ2回は移動するのですね。

 すると、かなり風とか砂とか雨に洗われているわけですね。

 はい。風化と言いますが、使いこまれているので余分な毛が取れる。

羊はとてもデリケートで、毛の質が食べ物やいろいろなことで変わってしまいます。そこで遊牧民は羊がストレスなく、気持ちよく、おいしい草を食べられるように、夏の暑い時期は涼しい山の上に連れていったりします。健康でストレスなく育った羊の毛はものすごく張りがある。素材自体、遊牧民の織ったラグは非常に健康的な魅力があります。

 自分たちで育てたものを自分たちで使うわけですね。

 遊牧民は羊という素材から育てている。毛を刈り取り、汚れをきれいに洗う。ほぐして綿状にして紡ぐ。それは全部、手作業で時間がすごくかかっています。もちろん織るのもそうです。そうやってできたラグが先ほど言われたように、そこまで高くない。それも魅力ですね。

 やめてください、また買いたくなってしまう(笑)。

トライバルラグ:バルーチ族 (アフガニスタン西部) 紡ぎ棒入れ パイル+紋織 羊毛

絨毯がいとおしい

 鎌田さんはそんなにたくさんお持ちで、どうされているのですか。

鎌田 日吉の研究室にも置いていますが、日吉は自然が豊かなのでイガが付き、穴があいたりするのですね。泣きそうになります。

なので、しょっちゅう風に当てたり、虫がいないかをチェックしたり、ペットをかわいがる感じですね(笑)。トライバルのものが好きになると、修復した痕さえもいとおしく感じるようになってくるのです。

 それ、ちょっとすごい。ペットを飼うような感覚⁉

鎌田 そうです。トルコなどでは、古いものを家庭で、いわゆるレース編みのような感じで、自分たちで直しているものもあって。だから、買ったものをよく見ると、修復があったりしますが、残念という気持ちはなく、前の人が大事にしていたことがわかり、私はそこに味わいがあると思うのですね。

 そういうラグに寝転がると、遊牧民の人の感じた風とかを感じられそうですね。

 本当に遊牧民って執着があまりないのです。まず、日本人のように土地に対する執着がない。そして物にもしがらみがない。遊牧民の作るものは、何かサラッとした感じがします。

例えばインドネシアとか、アフリカとかのものも好きですが、ちょっとドロッとしたものを感じることがあるのですね、呪術的だったり。そういう感覚は遊牧民にはあまりない。お墓などもポッと石が置いてあるだけのような感じで。

 そうよね。だって土地を持っていないということは、そこにものも置けないわけだから。逆に持っている最低限のものは、すごくいとおしいものなのだと思います。

 日本だと例えば不動産を担保にしてお金を借りますが、イランの田舎では不動産にあまり価値はないです。その代わり、絨毯に価値があって、イランの銀行の地下室にはいい絨毯がたくさんあると言われています。高価な絨毯を銀行に持ち込むとお金が借りられる。

鎌田 私は2009年に1度だけ、ニューヨークのサザビーズの絨毯のオークションに行きましたが、ほとんどが中東の方で、彼らも財産としていいものを入手したいんですね。

私もそこで1点だけビッディングしました。2008年のリーマン・ショックの後で、大雪の翌日でしたので人も少なくて1回挙げただけで買えたんです。

 それはよかったですね。どういう絨毯ですか。

鎌田 18世紀に南インドで織られた、まさにオランダが商品として作っていたもので、祇園祭の山鉾にかかっているものと同じタイプのものです。巨大な絨毯だったようで、ボーダーの端切れですが、それでさえ結構な大きさなのですね。

残すべき人類の財産として

 最初に私が絨毯と出合ったのは、たぶん「絨毯の間」と呼ばれていた子供たちの寝室にあった、祖母が上海から持って帰った大きな絨毯だと思いますが、それなんか、もうすり減ってしまっていて、基礎のようなのが出てきていました。糸の部分、パイルの部分がほとんどなくなっていて。絨毯も消耗品だからこんなに毎日、掃除機かけていていいのかなとも思います。

 普通にかけている分には大丈夫だと思います。ホテルとかお店など人がたくさん通るところは、どうしても減っていってしまいますね。また土足と、靴を脱いで上がる生活では汚れ具合が違う。遊牧民も、もともとテントの中では靴を脱ぎ、絨毯の上に寝転がったり、座ったりする生活なので、現地から持ってきたものはあまり汚れていません。

感触も、やはり靴の底だとなかなかわからないですよね。絨毯に触れ、実際に座ったり、寝転がり、肌に触ることで感触が伝わってくるし、絨毯に愛着が出てくる感じがします。

 そうすると鎌田さんみたいにペットのようになっていくわけですね(笑)。

鎌田 あと、日本人はシルクロード好きなところがありますが、遊牧民が持つノスタルジックなイメージにも魅力を感じますよね。

 そうね。もともとが農耕民族の日本人と全く違うから、何かすごく憧れのようなものがありますね。

 いろいろな民族と交流すると面白いです。今、アフガニスタンから絨毯を輸入していてパキスタンのペシャワールが窓口ですが、そこにはアフガニスタンのいろいろな民族、トルクメン、ウズベク族、タジク族、ハザラ族、それからパシュトゥーン族がいますが、取引をやっていると性格の違いをすごく感じます。トルクメン人やバザラ人はちゃんとしていて信頼できるし、レスポンスもいいです。

ウズベク人は調子がいいけど、お金にはしっかりした感じです。パシュトゥーン人はワイルドでガンガン突っ込んでくるけど、送られてくる絨毯が違ったり。そのへんを見極めないとビジネスは難しい。

鎌田 もう30年も現地でやりとりされているのはすごいと思います。私なんか日本にいて買うだけなので。

 基本的に買い付けに行くのが一番好きです。とにかく見たことないようなものを買いたい。だから、全然大変だと思ったことはないです。売るのは大変ですけど(笑)。

今、絨毯の価格が一番安いのはアフガニスタンです。これは物価が圧倒的に安いからです。経済的にはものすごく大変で、国民のほとんどの人が経済的にかなり困窮しています。

アフガニスタンは300年前と今とほとんど変わっていないんですね。ずっと内戦をしていたので外国人が入っていない。去年からアフガニスタンも激動なので、今後どうなるのかわかりません。何百年、何千年か続いてきたものが、われわれの時代でなくなってしまうことは残念なので、何とか次の世代につなげていければと思います。

鎌田 滋賀県にあるMIHO MUSEUMはすごくいいペルシャの16世紀末の絨毯を持っています。ポーランド王家がもともと持っていて長らくメトロポリタン美術館に寄託されていたのを購入したのですね。

秀吉が16世紀のペルシャのキリムを羽織にしていますが、切り刻む前の状態と同じタイプのキリムもMIHO MUSEUMにあります。それも世界的に有名なものです。

 日本にも本当に素晴らしいものがたくさんあります。もちろん、祇園祭がその代表的なものです。また、日本は、今、海外の染織好きの人に大人気です。これだけレベルが高い着物の染織文化は他にないと思います。

鎌田 檀さんのお書きになった着物の本(『檀流きものみち』『檀流きもの巡礼』)はとても貴重な記録ですね。危機感を持って取材をされていることがよく表れていて。

 危機感というか、毎回、悲しかったです。死にゆくものへの祈りのような感じですね。この染めが存在する限り、日本は大丈夫というような、自然や環境や文化とまっすぐにつながっているものってあるのですよね。たぶん、この絨毯がある限り、世界は大丈夫というような絨毯もあるのだと思います。

今日は本当に貴重なお話を伺いました。

(2022年10月19日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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