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【三人閑談】
絨毯を愛でる

2022/12/26

  • 榊 龍昭(さかき たつあき)

    トライバルラグとテキスタイルの専門店「Tribe」を主宰。20代で絨毯に出会い、その後戦禍のイランでトルクメン族の青年より遊牧民の絨毯(トライバルラグ)を知る。現在は世界各地の先住民族の染織品の研究と展示販売行う。

  • 檀 ふみ(だん ふみ)

    俳優。慶應義塾大学経済学部卒業。高校在学中にデビューし、テレビ、映画で活躍。『檀流きものみち』『檀流きもの巡礼(たび)』では、日本の守りたい染織文化を丹念に取材し執筆。
  • 鎌田 由美子(かまだ ゆみこ)

    慶應義塾大学経済学部准教授。イスラーム美術史。慶應義塾大学文学部卒業。東京大学大学院、メトロポリタン美術館研究員を経て、ニューヨーク大学美術研究所より博士号。著書に『絨毯が結ぶ世界』(日本学士院学術奨励賞)。

「絨毯、こわい」

鎌田 私は檀さんの『父の縁側、私の書斎』の中の「絨毯、こわい」というエッセーを拝読し、絨毯がお好きということを初めて知ったんです。

 もう絨毯には限りなくエピソードがございまして、何度失敗したことか(笑)。何回も買っていますが、一番悲しかったのは、ある時、畳一畳より少し大きいくらいのペルシャ絨毯を、セールで結構安くなっていたので思い切って買ったんですね。

「これは素晴らしい、完璧」と思って家の床に置いたら、3日後ぐらいに母が、「あなた。猫が絨毯におしっこしているみたいよ」と言う(笑)。そこで、逆上して水をかけてしまったら染料がブワーッと溶け出し、青くなってしまった。その青いまんま、いまだに家にあります。

もう1つ、イスタンブールに行った時に、海が描かれたとても心惹かれる絨毯に出会い、買って山の家に置いたんですよ。そうしたら、半年行かない間に浸水していたんです。絨毯にもカビが生えて、端っこがぼろぼろに。すごく悲しかった。気に入った絨毯には、たいてい、悲しい想い出があって。

それでも、こりもせず、新しい家にした時に、ベッドの足もと用の絨毯を買ったんですよ。そうしたらそれも猫が。

 引っ搔いたんですか。

 そう。猫は古いシルクの絨毯には爪立てなかったので、シルクにしたんです。そうしたら新しいものにはなぜか爪を立てるの(笑)。中からいろいろ糸が伸びてきて。いつも絨毯をコロコロで掃除していますが、そのたびにヒョロヒョロと出ているものが悲しいなと思っています。

鎌田 そのように絨毯に惹かれるのはどうしてですか。

 どうしてでしょうね。だって、鎌田さんもお好きなわけでしょう?

鎌田 私は子どもの時、父の仕事でパキスタンのカラチに3年間いたんです。イランから流れてくる絨毯を扱う一家がいて、ペルシャ絨毯を買うようになったのですね。

両親がそれを日本に持ち帰ったので、子どもの頃から身近な調度でした。私自身、まさか大人になり、絨毯の研究をするとは思っていなかったのですが、大学院博士課程でニューヨーク大学に行き、博士論文を書く時に、先生から「日本に伝わるイスラーム美術品について研究してみては?」と言われたんですね。

実は祇園祭の山鉾にはインドやペルシャの絨毯がかかっています。オランダ東インド会社が江戸時代に持ってきたものです。それがどこで作られ、どういう経緯で持ってこられているかを調べようと、絨毯を専門に研究するようになったんです。

 そうですか。

鎌田 絨毯は調べれば調べるほど面白く、また美しく、触れば手触りがよく、知識欲も満たされます。インテリアとして集めるのも楽しいですし。

絨毯の房

 榊さんはどういうきっかけで絨毯の輸入をされるようになったのですか?

 かれこれ絨毯を商って35年ぐらいになりますね。最初は学生時代、友人の彼女が、パキスタン人の絨毯屋さんでアルバイトをすることになったことに始まるんですね。友達のほうもパキスタン人に上手く言いくるめられ、会社を突然辞めて絨毯屋になった(笑)。

僕も展示会を見にいったところ、すごく惹かれてしまい、時代もバブル時代、あまり将来も考えずにその友達と2人で絨毯屋を始めました。最初はパキスタンの絨毯屋さんの絨毯を預かって販売するような形で、何もないところから始めたんです。

 すごい。それは勇気があるわ。

 先ほど檀さんが水をかけて失敗したと言われましたが、私は今朝、先週アフガニスタンから届いた絨毯を洗っていたんですよ。

 水で洗うのですか?

 ええ。ただ、洗う時に注意しなければいけない点があります。漬け置きみたいにすると色が移ったりする。また、新しい絨毯は色が移りや すいですね。

 色が移るというか、抜けてきてしまいますよね。染料が落ち着いていないのでしょうね。

 そういうことですね。着物とかも、そうですよね。

 着物も草木染で糸を染めるものがあります。織り手の名人が、まず染めたての糸を見ると「隠せ」と言うんですって。タンスの中に2、3年眠らせていると、何となく織ってもいいかなというような色に落ち着いてくると言っていました。

私が買った絨毯は出来たてだったのでしょうか。

 そうかもしれませんね。

 また日本で買うと、房が両端きれいに揃っていますでしょう。ところがシンガポールで買ったものを開けてみたら、片方に房がないんですよ。「これはだまされたのでは」と思っていたら、向こうでは房が不揃いなのは普通なのだそうですね。

 そうなんです。房は絨毯を織る際の経糸(たていと)になるので、どうしても必要になりますが、織り上がったら切ってしまうこともできる。ただ、日本ではなぜかこの房をすごく気にする。

 シンメトリーでないと気になりますよね。

 あと、房が長いほうが高級品だという話もあったり。

 それは伝説?

 実際は関係ないですけど、そういうことがバブル期に人気のあったペルシャ絨毯にはありました。ただ、実際に経糸が多いほうが結び目が細かい絨毯なので、房がたくさん付いているほうが、織りの密度という意味では高級という感じはあります。でも長さは、あまり関係ない(笑)。

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