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【三人閑談】
美しく文字を書く

2022/11/25

  • 西村 弥生(にしむら やよい)

    カリグラファー(西洋書家)、工房「ヤヨ・カリグラフィー」主宰。スイス人カリグラファーMuriel Gaggini氏に師事。教育と制作の双方を柱に、伝統西洋文字芸術の魅力を広める活動を続けている。

  • 岩井 秀樹(いわい ひでき)

    書家。1979年慶應義塾大学文学部卒業。書家・東山一郎氏に師事し、仮名書道を学ぶ。書家として日展特選2回受賞を果たす。その傍ら、「書道 東龍文会」を主宰し、聖徳大学文学部教授として後進の育成にも努める。
  • 桂 誠一郎(かつら せいいちろう)

    慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授。専門は抽象化理工学、人間支援・超人間、データロボティクス。書かれた文字を高精度で再現する「モーションコピーシステム」を2012年に開発。

書くこととの出会い

岩井 私は小中学生のころ、漢字書道の書家だった父から習字を習っていました。高校時代は理系のクラスでしたが、そういう家庭環境もあって大学は慶應の文学部に入りました。

大学入学後、知り合いの先生を紹介してほしいと父に掛け合い、「お前は子どもの時から線が柔らかかったから、仮名書道はどうか」と東山一郎先生を紹介してもらいました。

最初は仮名書道に強い興味があったわけでもなく、読むことすらできませんでしたが、東山先生が2013年に亡くなるまでの38年間師事しました。

西村 お父様は岩井さんのことをよく見ておられたのですね。

岩井 私自身、仮名書道が向いていたかはわかりません。いまだに好きかどうかも(笑)。それでも長い間続けてこられました。いくらでも書いていられるので向いていたのでしょうね。

仮名書道の深さは限りがなく、今出せない味や線が10年後には書けるようになるということもあります。私としてはいい枯れ方をしたいと思っているのですが。

西村 "いい枯れ方"……素敵です。

岩井 一方で年齢を感じることも。やはり頑張っても書けないこともあります。世間的にはおじいさんと呼ばれる歳ですが、書道界ではまだまだ。70代半ばから80歳ごろにピークがくるのを目指しています。先達にも70代によい作品を残されている方が多くいます。

西村 私はもともと会社員でしたが、何か技術を身に着けたいと考え、色々と挑戦したものの一つが伝統的な西洋書道・カリグラフィーでした。わからないなりに始めたところ、やればやるほど終わりがない世界だと知りました。何よりも、これほど夢中になれるものがあったとは、と。文字の美しさもさることながら、長い歴史の一部になれる喜びを感じ、技術と文化を伝えたいと考えて工房と教室を開きました。

カリグラフィーは歴史の勉強も大切です。私はミュリエル・ガチーニさんというスイス人の先生に出逢い、文字の歴史的な変遷を体系立てて学ぶことの大切さを教わりました。

 書法と歴史を両方学ぶのが正統なカリグラフィーなのですか?

西村 それが理想です。ローマ字の形は100~200年ごとに変わってきたのですが、背景には戦争や生活スタイルの変化といった歴史的出来事があります。そうした影響を受けつつ、引き継がれる部分と変わる部分が出てきます。一つの書体を理解するためには、前後の時代の書体も勉強することが大切です。私も生徒たちに一書体だけ学んで満足せず、歴史の流れの中で理解を深めるようにと伝えています。

岩井 今も残る書体や文書に傾向のようなものはあるのですか?

西村 文書は宗教や政治に関わるものが多いです。学術的なものもあります。宗教に関わるものが最も多く、大半は聖書の写本です。一冊の本をつくるにはたいへんな人数と時間がかかるので、先達は皆、後世に伝えたいという熱い思いをもって、揺れるろうそくや薄暗い窓からの光を頼りに書き残してきたのでしょう。

モーションコピーシステムの挑戦

 私はロボット工学が専門です。子どものころからドラえもんが好きで、漠然と科学技術が未来をつくっていくことに夢を感じ、慶應の一貫教育校から理工学部に進学し研究の道に進みました。データロボティクスを専門に、2012年には手書き文字を高精度で再現する「モーションコピーシステム」を開発しました。

人口減少時代で人手不足となる中、医療・介護だけでなく、生産分野などで、まさに文字を書くように人の手の代わりになるロボットをつくろうと日夜研究を進めています。

とはいえ、人の動作をロボットが再現するのはなかなか難しいことです。現在の技術は、決まった動きをプログラムして繰り返すことは得意なのですが、力を制御することは不得意です。「モーションコピーシステム」でも筆圧の再現には非常に苦心しました。

人の動作には「空間の移動」と「ものに触れているときの力加減」の2種類があります。文字を書くというのはこの2つがミックスされた動作になります。書道の繊細な動きはロボットには無理だと言われていましたが、私たちは研究を続け、2006年ごろに、この2つを成り立たせる理論の根本的なところを少し明らかにすることができました。

これをどうすれば一般の方にもわかりやすく説明できるだろうと考えていた時、ある方にロボットの技術を使って書道を再現してみるのはどうだろうとご提案いただきました。その方の義理のお父様が読売書法会で参与を務めておられた佐渡壽峰先生でした。そのような機縁で佐渡先生には私たちが開発した初号機で最初に筆をとっていただくことができ、その動きをプログラム化させていただきました[図1]。

図1 桂誠一郎教授らが開発した「モーションコピ ーシステム」と、システムによって保存(上)、再 現(下)された佐渡壽峰氏の文字

岩井 アームを持って書く動きを記憶させたのですね。

 そうです。先生の動きをデータ化し、ロボットで自動再現しました。これに手ごたえを感じ、2号機では武田双雲さん、紫舟さん、金澤翔子さんらにもご協力をいただくことができました。

西村 こうしたデータをたくさん積み上げることで、著名な書家の他の文字もロボットが予測して再現できるようになるのでしょうか。

 これからAIに期待するところですね。私たちの研究はまず忠実に再現させることです。筆圧を完全に再現させるというのは世界でも初めての試みだったのです。

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