三田評論ONLINE

【三人閑談】
セルフビルド(自力建設)に挑む

2022/03/24

モノと格闘するDIY的世界

青木 松川さんは今の学生をご覧になっていていかがですか?

松川 今、建築デザインの現場はデジタライズしていく流れにあるのですが、学生がCADなどの設計ソフトで家具をデザインすると、厚さゼロミリの板とか長さがゼロの点で3Dモデルを組み立ててしまうんです。

でも、実際はそんなことありえません。椅子をつくるにも板の厚みがあるし、木材をつなげるには接合部もデザインしないといけない。すると、学生たちは実物を前にして、ここのジョイントがうまくいかないといったことが起こるんですね。

考えてみれば当たり前のことですが、そういうモノとの格闘を経験しないと、重さや触感を考えない建築家が生まれてしまいそうでこわいなと思います。僕の専門はデジタライズのほうですが、学生たちの様子を見ていると、DIYの世界、つまりモノとの格闘にも同じくらい力を入れることが大事だと思うんです。

青木 うちのお客さんは断熱材の取り付けから始まり、床、天井、ドアを付けて、最後に塗装、漆喰、左官塗りで仕上げていくのですが、大工さんがやるよりも丁寧にやりますね。

 それはそうですよね。

青木 私たちもコンセントの裏側には断熱材をこう入れましょうとか、隙間をつくらないためにはこうですよと丁寧に教えると大工さん以上の仕事をします。すると断熱性能がものすごく良くなる。その満足度は実際にやってみた人じゃないとわからないんじゃないかなと思います。

セルフビルドのコスト

松川 蟻鱒鳶ルのコストは全体で見るとどうなのですか。16年も建て続けているとコストもそれなりにかかると思うのですが。

 お金を借りてつくっていますが、僕の人件費はともかく材料費が安いので十分返済できる見込みのある金額です。巨大な彫刻をつくっているわけではないし、完成すれば家賃支出のない暮らしが始まるので収支は合っています。

松川 先ほど青木さんからもローンの話題が出ましたが、今独力でセルフビルドに挑戦しようとしても、住宅ローンで最初に全額出資を受けると1年以内に完成させなくてはいけない仕組みになっています。そうすると、蟻鱒鳶ルのように10年、20年かけてつくるケースに対応できません。

そこで例えば、1000万円を10年単位で毎年100万ずつ借り、その年ごとに消化していくような仕組みとか、ローンのかたちも多様化してほしいと思うんです。というのも、今のような不確実な社会では、刻々と変わる状況にアジャイルに適応することが生存戦略的にも重要だからです。時間をかけてつくったり壊したりするセルフビルドの方法は現代社会をサバイブするヒントになります。

 10年のスパンはわからないけれど、たしかに20年、30年の間の変化はものすごく大きい気がします。実際、バブル期の建物で跡形もないものは多いですし、今、蟻鱒鳶ルの裏では超高層のオフィスビルが建設中ですが、コロナ後の社会ではオフィスビルの需要が少なくなることをみんなわかっているはず。それでも、あのビルを完成させようとする。この硬直化した感じは少し考え直したほうがいいですよね。

松川 大型再開発はとくにリスクが高いですよね。これからは試行錯誤しやすい状態を保っておけることが重要になっていくでしょうね。

青木 お客さんには、いつもセルフビルドだとどれくらい安くなるかと訊かれるのですが、30坪で大体300万円ぐらいなのです。ただ、その金額がお客さんにとって得なのかどうかは、実際に全部終わってみないとわからないんですよね。

というのも、中には「やるんじゃなかった」と後悔する人もいるからです。そういう人にはコストセービングできてよかったという意識は当然ありません。

すこし厳しい言い方ですが、セルフビルドは根気、根性、計画性がない人には難しいですね。日曜日も自分を奮い立たせて、朝8時から夜7時まできっちり作業できる人が1年で完成させます。木工のスキルとかはあまり重要ではないんですよね。

松川 わくわく感だけで突っ走れる人はいませんか?

青木 内装工事は、体力が必要な大仕事が最初にくるんですね。断熱材を取り付けたり、天井材や床材を貼ったりといったことですが、それを3カ月で突破できれば、最後までいけます。逆に時間がかかってしまうとモチベーションがぐっと下がる。これが一番良くないです。スタッフが励ましたり、手伝ったりするのですが、なかなか難しい。

松川 モノと格闘するのは純粋に楽しい作業ですが、それで乗り切れるほど単純ではないのですね。

青木 断熱材や天井、床の工程は単調ですからね。

 青木さんのように素敵な理想像があって挑む人が最後までがんばれるのかもしれませんね。

青木 そうですね。とくに夫婦で足並みが揃っているとまず大丈夫。できたものの満足度も高いです。

 つくること自体はおもしろいので、それを楽しめればやり切れるし、次につながっていく。僕も日々わくわくしながらやっています。

“新しいつくる”を考える

 「つくる」ということに関して言えば、人類の繁栄はずっと手を使って物をつくり続けてきたことにあると思います。食物をつくったり、衣服を織ったり、家を建てたりしていたのは、結局物が足りていなかったからだと思うんです。ところが、現代に入り、途端に物で溢れるようになると今度は誰もつくらなくなっていく。極端に言えば、今の時代、みんなスマホしか触っていないでしょう?

僕は今、人類がとてつもない変化の節目にいるように思えます。生きていくためにもつくるのをやめてはダメなのですが、物は溢れている。だとしたら、今の時代に合わせた「つくる」を発明しなければいけないと思うのです。

青木 哲学的ですね。興味深い話です。

 そこで僕は“新しいつくる”を考えようと言っています。そう言うと、みんな大体アートにいくんだけどそうじゃなくていい。だって、本当にアートができるのはものづくりのチャンピオンたちだけですから。アーティストというのは自分の中から「つくる」が湧き出してくるタイプの人たちなんです。

松川 僕はこれまで専門とする建築のデジタライズと、モノと格闘するDIYの世界をうまく結びつけられずにいたのですが、最近ようやくこれらをつなぐ糸口が見えてきたんです。

人間は人間であることを維持するために色々な物質や菌類と共存しているわけですが、先ほど伊勢神宮を例に挙げたように、建築もある生命体として見る捉え方があります。こうしたことから着想を得て、今、コンピュータープログラムで一つの生態系のように建築を育てる仕組みをつくっています。そこで情報から物理的な空間へと具体化するためには、人の手がシステムの一員として必要になります。この時にDIY的な世界とのつながりが生まれる。

建築は人がつくることを止めた途端にエントロピーが高くなって熱力学的な死を迎えます。人間と機械の複合的なシステムを回し続けることによって“生きている建築”をつくりたい。それが僕にとっての“新しいつくる”なんです。

 “新しいつくる”で言えば、やっぱりものをつくるのは、衣食住に関係することがとてもいいと思うんです。例えば、庭で野菜をつくってみるとか、家に壊れたところがあるから自分で直そうとか、洋服が破れたから縫わないといけないとか、衣食住はスタートのきっかけになるのでやりやすい。

しかも、こういう料理をつくってみたらおいしかったよと、多くの人と共有できる時代になっています。全員が一から家をつくる必要はありませんが、衣食住に関わることはみんなもっと自分でやったほうがいいですよね。

青木 みんながつくることをもっと楽しむようになればいいですね。

(2022年1月27日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事