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【三人閑談】
セルフビルド(自力建設)に挑む

2022/03/24

短期間でつくれるという思い込み

松川 岡さんは蟻鱒鳶ルをつくり始めた時、16年経っても完成しないことを予想できていたのですか?

 いや、全然。妻には「3年で完成する」と言っていました(笑)。ですが、そのころから建築家の石山修武さんや藤森照信さんのようなセルフビルドの達人たちから「人生変わるぞ」と脅されてもいました。

松川 フランスの著名なセルフビルド作品に「シュヴァルの理想宮」がありますよね。郵便配達員だったフェルディナン・シュヴァルが、拾った石をコツコツと積み上げてつくった建物です。岡さんはもともとシュヴァルのようになるつもりはなかったのですか。

 シュヴァルとか、ワッツタワーを自力で建てた米国のサイモン・ロディアに対する憧れはありましたよ。それくらい突き抜けた人がいないと日本はダメだろうと思っていました。まさか自分がそうなるとは思いませんでしたが(笑)。

でも実際、自分なら数年で完成させられると思っていました。こちらはシュヴァルやロディアのような素人じゃありませんからね。一級建築士だし、現場で鍛え上げてきたという自負もありました。

青木 私たちの場合も6カ月あればできるだろうと思っていました。その間に完成させないと失業保険が切れてしまうという事情があったからですが、なぜか最初は希望的観測もあって、短期間でできると思い込んでしまうんですよね。うちも実際は10カ月もかかりました。

 10カ月は速いですよ!

青木 いや、終わりの頃はもう足、腰、指の関節が全然動きませんでした。最後はもう泣きながらやっていたという感じです。若かったからこそできた挑戦だったと思います。

今ハーフビルドホームに来るお客さんの半分は住宅ローンで建てる人ですが、ローンを使うと銀行の要請で約1年で完成させないといけない制約があります。自己資金なら何年かかっても問題ないのですが、ローンの場合、私たちのほうで1年以内に完成するメニューをつくります。

例えば、お客さんの能力ややる気、体力、家族の協力度、家づくりに費やせる時間を見積もりながら、あまり大きな家にならないようにしたり、内装工事に時間がかかる場合は大工さんに任せることを提案したりします。工程ごとにすべてサポートして完成に導くのが私たちの仕事の大部分ですね。

松川 一般的なのは在来軸組工法ですか。

青木 ツーバイフォーです。

 ツーバイフォーならあまり時間をかけずに建てられますね。僕もツーバイフォーの大工をやっていましたが、このつくり方を考えた人は天才だと思いました。なんてつくりやすいシステムなんだろうと。

写真2 岡さんが2005年より三田・ 聖坂で建設中の鉄筋コンクリート造の 自宅《蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)》

生き物のように建築を見る

松川 システムと言えば、僕が日本の建築文化で最も素晴らしいと思うのが伊勢神宮です。20年ごとに社殿を建て替える式年遷宮の仕組みは天武天皇の時代につくられた制度とされていますが、このシステムを考えた人も天才だなと思います。

 20年というスパンも伝統や技術を伝える上でちょうどよいですね。それ以上間を空けてしまうと伝わらない部分も出てくる気がします。

松川 20年ごとに物質が入れ替わりながら、仕組みとしては伊勢神宮であり続けるモデルというのは生命体に近いと思うんです。僕たち人間も細胞レベルでは1年前とは完全に入れ替わります。身体の内部では新しい細胞をつくりつつ壊してもいる。ですが、不思議なことに僕たちの人格は保たれていますよね。

式年遷宮も社殿だけではなく、それに携わる周りの人々を含めて一つのシステムとして見ると、建築という人工物が人間の身体のように思えてくる。

こうした建築の対極にあるのがギリシアのパルテノンで、あの神殿は大理石という物質に建築の永続性を託したモデルと言えます。こうした対比で見ると、セルフビルドしたり、建物をつくりつつ壊したりする行為からは、生命体に似たある種の持続可能性についての考え方が浮かび上がってくるなと思うんです。

 なるほど。

松川 環境問題がより深刻になって、持続可能性がシビアに語られるようになった時、この生命体のモデルが建築界でもリアリティをもつのではないか。すると、3年ごとに建て替えなければいけないとか、ちょっとした建築は品確法の適用外になるといった法整備が行われるかもしれない。そういう段階になって初めて、法規というものも変わっていくのかなという気がします。

青木 今のお話はおもしろいですね。建築に参画して構造や仕組みがわかるようになると、お客さんが自分でメンテナンスできるようにもなります。漆喰壁にヒビが入る理由も理解できるので、クレームもなくなりますし、木材が反るのは当たり前のことなのもわかってもらえます。

施主が建築に参画しないノーマルな住宅建築においてはちょっとした不具合でクレームになる。そのため、建設会社が無垢材を使わなくなったり、漆喰に接着剤を混ぜてわずかなクラックも出ないように細工したりする会社も中にはあります。それではイタチごっこです。家づくりに関わる人が増えて、そういう例が減るといいのにと思うのですが。

写真3 湘南藤沢キャンパスで松川准教授ら 教員と学生が取り組む「スチューデント・ビ ルト・キャンパス」プロジェクトの施設群

セルフビルドからの学び

青木 実際にやってみなければわからないことですが、セルフビルドは発見の連続ですよね。

 本当にそう思います。

青木 現場の中は別世界なので、日々新しい発見に溢れています。技術的なスキルが上がるだけではなく、職人の世界観みたいなものにも触れられますし、それだけで多くの学びがある。この経験はじつに大きいですよね。

 そう、学びがありますね。僕はいろいろな現場で仕事をしてきましたが、蟻鱒鳶ルに時間がかかる理由の一つはやっぱり仕事量が多いからなんですよ。

通常の現場では自分が任されている以外の仕事は誰かがやってくれるものです。例えば、現場にいると箒を持って掃除している土工のおじさんがいるのですが、職人時代の僕はこういう人を気にも留めずにいました。ところが、一人でつくっていると、ちょっとした掃除も自分でやらなくちゃいけない。

いつも朝ごはんを食べながら、頭の中では今日はまずこれをやるぞ!と意気込むのですが、いやそうじゃなかった、と。今日は火曜日だからまず燃えるごみを出さなきゃいけないと思い出したりする(笑)。そういう雑用があるので、四六時中作業に没頭できるわけではないんですよね。一人だとこうしたことも学びになります。

青木 建築の現場に参画すると、社会の中で色々な仕事をしている人たちの大変さ、とくに現場の人の大変さが身に染みてわかります。うちのお客さんたちは皆、人生観が変わると言いますが、本当にそう思います。

松川 青木さんご自身はどのように人生観が変わりましたか?

青木 私は大学卒業後、大企業に勤めていたのですが、そこでは周りにいる人もみんな大卒でした。こうした限られた人づきあいの世界から、突然那須に行って現場の基礎工事の業者さんと付き合うようになったんです。

もちろん最初はカルチャーショックを受けるのですが、親しくなるにつれて、その人たちの考え方や生き様が勉強になる。今までの人間関係とはまったく違う視点で物事が見えてきました。

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