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【三人閑談】
体幹を整える

2022/02/25

呼吸の効用

奥山 呼吸はピラティスでも大事な要素の一つですよね。

木村 そうですね。ピラティスの場合、腹式呼吸のヨガとは違って胸式呼吸なのですが、しっかり横隔膜を動かして肋骨を広げ、呼吸筋と呼ばれる筋肉を動かしながら、より多くの酸素を取り込み、体内の循環をよくしていきます。

とくにコアのインナーマッスルを鍛えるには呼吸が非常に重要で、一番のベースになるものです。深くゆっくり吸って長く吐くと、とてもリラックス効果があります。レッスン中でも眠くなる人が出るほどです。

名倉 ピラティスの呼吸法は交感神経や副交感神経、自律神経のコントロールに大きく影響すると言われますね。普段呼吸を気にする人なんてほとんどいないでしょうけど、それを意識してコントロールするところや、体幹を整える上での基本になっているところが面白い。筋肉を云々するよりももっと深いレベルで、人間の生命維持に関わる部分を整えてあげる、とても本質的なところです。

木村 現代人は肩だけで息をして深い呼吸をしないので、気持ちが落ち着く場面がどうしても少なくなります。昔から深呼吸をするといいと言われるのは理に適っていますよね。

奥山 ヨガもポーズをとる時には必ず呼吸と連動させます。授業ではまず腹式呼吸だけを練習してもらうのですが、学生は自分が普段いかに浅くて速い呼吸をしていたかがわかるそうです。

呼吸が浅いから気持ちが落ち着かないし、落ち着かないから呼吸が浅くなる。だから学生には、気持ちが落ち着かないことに気づいたら深い呼吸に移行できるようにしようと伝えます。落ち着かない状態が一日中続くと、仕事やスポーツにかかわらず、パフォーマンスはどうしても下がりますから。

身体を知ることが治療の第一歩

木村 バイオメカニクスの分野でも、呼吸を見ることはありますか?

名倉 猫背の人は頭痛やめまい、だるさといった症状が必ず一緒に現れます。そういう人たちは大抵身体が固まっていて、呼吸が浅くなり、体調が悪くなっていきます。呼吸は決して無関係ではないですね。

首が痛いとか、肩こりがヒドイという患者さんには、首の筋肉の緊張を和らげる治療をするのですが、この時にじつは自律神経も関係していて……と教えてあげると合点がいく人も多いです。

整えることとメンタル、自律神経は密接に絡み合っていますが、メンタルのクリニックにかかると、薬で解決する方向にいってしまう。僕はなるべくストレッチしましょうと言うのですが、呼吸法の指導まではできません。お二人のようにアプローチできるなら、肩こりや腰痛も自然に治っていくような気がします。

木村 肩こりはその人の癖に負う部分もあるでしょうし、それを直すのはお箸を持つ手を矯正するくらい大変なことではないかと思います。本当に意識しないとなかなかよくならないのではないですか?

名倉 ヨガのように、意識が変わる気づきを与えられれば、よくなる人はたくさんいると思います。逆に癖で痛めてしまった人は手術や痛み止めではよくならないんですよ。まず知ってもらうことから始めて、悪いところを整えてあげると、少しずつ治っていくのかもしれません。

例えば、ストレートネックの患者さんには、肩を前かがみにしないように普段から胸を張りましょうといったことを細かく言います。

僕たち医師のもとに来るのはすでに痛みを抱えている方なので、悪いところを治してあげるのですが、病気を治す以前に、正しい姿勢を保つのは本当に大切です。

最高のコンディションを維持するには

奥山 良いコンディションを保ち続けるのはなかなか難しいと思いますが、今の自分の状態を知ることは、すごく大切だと思います。

学生たちもサークルやバイト先の人間関係など、わりと悩みがあるようですが、私としてはやはりヨガを通して自分を知り、心と身体を安定させようということを一番伝えたい。

そこで重要なのは、あまり人と比べないこと。自分にとってベストのコンディションであればいいと思います。快適だと思えることを、運動や食事、睡眠を通して採り入れられるとよいのではと思います。

木村 私が最近思うのは、「中庸」がすごく大事だということです。身体がよくなったからといって同じことばかりを繰り返していると、今度は片寄ってしまいます。何でもやり過ぎる少し手前で一旦止めて反対のことをしてみるとか、あるいは、たくさん走ったらきちんと脚のケアをしてニュートラルに戻すことが大切です。極端な方にいかないことがコンディションを維持する秘訣ですね。

名倉 僕たちのところに来る高齢の方でも、健康な人は毎日30分散歩したり、定期的に運動しています。皆、自分で気を付けていてとても意識が高い。そういう方は、自分で整え方を知っているのだと思います。では、どうして病院に来るのだろうと思うのですが(笑)、自分の身体がよくわかっているからこそ、わずかな痛みにも敏感なのでしょうね。

木村 痛いから病院に行くのは、すごく正常な気がします。痛みに気づかず、病院にも行かない人は本当にこわい。そういう人は結構多いのではないでしょうか。

奥山 痛みを我慢するのが自然になってしまっている人ですね。

木村 肩こりも慢性的になって自分ではわからなくなってしまうことが あります。

名倉 僕たちも患者さんやアスリートの人たち、学生さんに教えてあげることがすごく大事ですね。どうして痛みが生じるのか、姿勢が悪いのかと言えば、こうなっているからですよ、と。気づきを促すことで、自ら意識的になってもらうことがとても大切だと感じます。やはり行動に移す方は確実に調子がよくなっていきますから。

(2021年12月22日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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