【三人閑談】
体幹を整える
2022/02/25
身体の硬さは関係ない?
奥山 ヨガには「アライメント」といって骨盤の向きや背骨の傾きなどを整える動きがあります。とくに重要なのが骨盤の向きです。現代人は姿勢が傾いている人が多いので、最初の授業では骨盤を立ててニュートラルな姿勢を作ります。
「骨盤を立てる」というのは、長座の姿勢になった時に、坐骨が地面に刺さったような形になるイメージです。太ももの裏側が硬い人は膝をて伸ばして座ると骨盤が後ろに傾いてしまうので、膝が伸び切らないようにして、坐骨を立てて骨盤を意識します。
木村 骨盤のニュートラルな形ですよね。長座では後ろに傾いてしまう人が多いので、私も骨盤を立てるようにアドバイスします。坐骨の上に体重を乗せるというか、坐骨の前のほうに座る感じにすると、ちょうどニュートラルな姿勢になりますね。
名倉 お二人は骨盤の角度も見た目で判別できてしまうのですか? 骨盤は身体の一番奥の、最も見えにくい部分なのですが。
木村 骨盤の向きなどは人によって全然違うので、パッと見ではわからないことももちろんあります。そういう時は触ったり、動かしてもらったりして情報を得ます。
奥山 骨盤の角度や動き方は筋肉の硬さでも変わってきます。初めてヨガをやる学生からはよく「身体が硬くてもできますか?」と訊かれるのですが、姿勢の維持に大切なのはむしろ筋力のほうなのです。学生も実際に体験してみると気づくようで「ポーズをとってみて筋力が足りないのを実感しました」といった感想も寄せられます。
木村 ピラティスも、バレエなどの特殊な競技をやっている方を除き身体が硬い人が多く、9割近くの方が柔らかくしたいと言います。可動域の話で言えば、特定の筋肉が使い過ぎで硬くなっていたり、逆に使わずに弱って縮んでいると動かせる範囲は狭くなるので、良いパフォーマンスを発揮するためにも関節周りの柔らかさは残しておかないといけない。
名倉 筋肉が硬い人はケガしやすいというのは医学的に見ても間違いないところです。女性の中には時々、柔らかすぎて肩が抜けてしまう人もいますが。その点、ヨガやピラティスできちんと整えられれば、身体は自然と柔らかくなり、ケガの予防につながるのかもしれませんね。
奥山 そうですね。適切な動きを積み重ねた結果、自然と筋肉が柔らかくなっていくのだろうと思います。
木村 奥山先生のヨガの授業は、どんな学生でも受講できるのですか。
奥山 日吉キャンパスでの体育の授業は選択科目なので、履修したい人は誰でも受講できます。希望者が定員を超える人数の場合には抽選となります。スポーツクラブやヨガ教室ですと、健康増進や美容を目的にいきなりポーズを作るところから始めたりするので、歴史や身体のメカニズムといった背景までは踏み込まないんです。私はヨガをできるかぎり多角的に伝えたいので、ポーズ以外にもヨガの歴史や哲学も伝えます。
メンタルから整えるヨガの魅力
名倉 奥山先生は身体の硬い学生にどのような指導をするのですか?
奥山 身体が硬いとケガをしやすいとは伝えますが、ストレッチでぐいぐい押すといったことはしないです。ヨガの場合、自分で気づくことが大事なんです。例えば、快適にポーズがとれない時に、この筋肉が硬いからだなと理解できれば、自分から柔らかくするように努力します。
ヨガの目的の一つに、自分の心や身体と向き合うということがあります。身体を動かして上手くいかなければ、そこで一つ気づきが生まれます。心も同じように「今日はなんかざわざわする」と気づくことができれば、自分でコントロールすることにつながっていきます。
名倉 奥山先生はあえて学生たちにやらせてみるわけですね。「このポーズをやってみて」と言いつつ、先生から見れば「たぶんできないな」とわかるわけでしょう? そこで学生を気づきに導いていく(笑)。
奥山 そうですね(笑)。ヨガは心を穏やかにするのが最終目標なので、最初はつらいなと思っても、慣れてくるにつれて気持ちよく感じられるようになります。週1回の授業では筋力アップになりませんが、筋肉に刺激が加わることで何かが呼び起こされます。
名倉 メンタルを整えることに導くのが大事なのですね。
奥山 いつも言うのは「自分の感情を自分でコントロールしましょう」ということです。授業が終わってマットから離れても同じように心が安定している状態をつくれるのが理想的で、ヨガはそのための手法の一つと考えています。その結果、筋肉が付いたり、体幹を整えられたりすればなおいいですよね。
医学的な知識を身につける
木村 奥山先生がヨガを始めたきっかけはなんですか?
奥山 きっかけはヨガスタジオに通い始めたことなのですが、それを授業にも採り入れてみると興味を示してくれる学生がたくさんいたのです。そこでヨガについて色々と調べてみたところ、なかなか深い世界だとわかり、ちゃんと勉強してみようと思うようになりました。
私も最初はきれいにポーズをとることが一番だと思っていたのですが、それだけではないと知り、学生にも色々な角度からヨガを伝えたいと思うようになりました。大学生活というのは4年しかなく、終わった後の時間のほうがはるかに長いじゃないですか。社会に出ても自分の感情を自身でコントロールできるように、という思いもあります。
木村 ピラティスはヨガほど認知されていないので、教科書をつくったり、授業をやったりしながら広めたいと思っているのですが、まだまだマイナーです。うらやましい。
名倉 ヨガのこのポーズはこの筋肉に効くといった、解剖学的な知識の習得も資格取得のプログラムに含まれるのですか?
奥山 含まれます。RYTのプログラムには解剖学の授業もあります。ここの筋肉を鍛えるならこのポーズというふうにカテゴリー分けされているので、授業にも活用しています。
名倉 解剖を勉強したら、専門競技のフォームも勉強しないといけませんね(笑)。
木村 私は独学ですけどね(笑)。
名倉 でも、アスリートを見るというお仕事は責任重大ですね。以前、私たちが所属する整形外科の学会で元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムさんに講演してもらう機会があったのですが、その会で「Jリーグのチームドクターに、オシムさんは何を求めますか?」という質問が出たのです。
オシムさんは「Jリーガー並みのサッカーのスキル」と答えました。「そうでなければ、選手がどうしてケガをするのかわからないでしょう?」と。それを聞いて、一同、自分たちには無理だねとなりましたが(笑)、彼の考えは一理ありますし、僕もうかつにチームドクターは引き受けられないな、と思うようになりました。
木村 逆に私たちが最後に頼りにするのはやはりお医者さんなんです。手術をするにしても、それは選手もトレーナーも判断できない領域です。やはり、最終的には医学的な知識がないと難しいなと感じます。
自分の身体と向き合うこと
名倉 アスリートはケガをすると、なるべく早く復帰させてほしいと言います。骨折は治るまでに1カ月はかかるものですし、復帰にはさらに1年かかる。それを早めるのは医学的に矛盾しているのですが、彼らは半年で復帰したいと言う。
木村 私もアスリートには医学的な知識を身につけてほしいと感じます。身体のことは本人にしかわからないので、自分の動きを観察して「身体がどういう状態なのか」を知る「気づき」と併せて、基礎的な知識をもってもらうと競技人生も長くなると思うのです。
奥山 イチローさんのようなアスリートは、自分の身体を見るのに長けていたのでしょうね。あれほど長く現役でプレーできたのも身体を熟知していたからこそでしょう。
プロサッカー選手の長友佑都さんは集中力を高めたり、ゲーム中のいいイメージを持ったりするために、試合前にヨガを採り入れているそうで、ヨガの本も出版しています。最近はパフォーマンスを高めるためにヨガでメンタルを整えているアスリートも増えているようです。
名倉 メンタルを整えるというのは、具体的にどういう作業なのですか。
奥山 私たちは日々の生活で、目や耳から多くの情報を取り入れていますが、そういうものを一旦シャットアウトし、「今この瞬間」の感情や思考に意図的に意識を集中させ、自分と向き合うということです。つまり瞑想です。
方法はいくつかありますが、何か一点に集中し、他のところに意識がいかないようにします。例えば、自分の呼吸を観察してみる方法。今の自分の呼吸はどういうリズムなのか、深いのか、浅いのかなど。そういうことに意識を向けて自分の内面を見つめます。そうすることで、心が穏やかになったり、強い心や不安に襲われない心をつくります。
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