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【三人閑談】
体幹を整える

2022/02/25

プロアスリートとピラティス

名倉 外国発祥のヨガやピラティスを日本風にアレンジすることはありますか? というのも、アメリカ人は足首が硬く、相撲の基本姿勢とされている蹲踞(そんきょ)のようなしゃがみ方はできないそうです。正座なんてとんでもないと。日本人の身体は比較的柔らかく、欧米人に比べても、動作の幅が広いのではと思うのですが。

木村 日本流のピラティスはないですね。欧米の人たちは総じて筋力や体力があるので、マシンを使うトレーニングなどでは相当負荷を強くしてやっています。そういう違いはあるものの、基本的な動作は一緒です。

奥山 ヨガの動きは種類がとても多く、日本独自のものもあります。授業ではハタヨガと呼ばれる基本的な動作をやっていますが、他にもパワーヨガとか、最近は笑いヨガと呼ばれるものも登場したりしていて「◯◯ヨガ」がどんどん増えています(笑)。

木村 顔だけでやるヨガとか、指だけでやるヨガもありますね。

奥山 そういう派生形が本当にたくさんあります。

木村 ピラティスはお腹を核にして全身を鍛えるトレーニングなので、特定の部位に絞ったピラティスというのはなく、ヨガは面白いなあと思います。

名倉 木村さんの指導を受ける方は、パフォーマンスが良くないといった理由で来られるのですか?

木村 それもありますが、ピラティス自体がちょっとした流行りにもなっているように感じます。身体の動かし方を知りたいとか、ウエイトトレーニングとはまた違ったタイプのトレーニングを学びたいという人もいます。とくにケガをしているアスリートが、フォームを直したいからという理由で身体の使い方を学びに来ます。

名倉 そうすると競技の知識が必要になることもありますよね?

木村 仰るとおりです。私もセミナーに参加して、自分なりに勉強しながらやっています。さすがにフォームの改善まで口出しできないのですが、適切な動作では肩甲骨がこう動くとか、股関節はこうなるといった知識は伝えるようにしています。

プロアスリートを見る難しさ

名倉 木村さんはレッスンやトレーニングなどで、その人の身体や筋肉の硬さから見ていくのですか?

木村 そうですね。柔らかくしすぎてもかえってコントロールしにくくなるので、事前にその人なりの状態を見ておくことは大切です。

「コントロールしにくい」というのは、例えば、ゴルフや野球でスイングをする時に、身体が柔らかすぎると、思うように振りが止まらなくなり、結果的に軸がぶれてしまいます。それを防ぐためにも、可動域を保ちつつコアを強くしていきます。フォームの指導をしないまでも、どういう感覚で動かせているかを聞きながら探っていきます。

名倉 感覚ですか。

木村 本人がどういう感覚を持ったのか、ということですね。とても繊細で難しい部分ではあるのですが。

名倉 私たちも野球選手に、絶好調の時のピッチングフォームを映像に記録しておいてほしいとリクエストをすることがあります。調子が悪い時はそれを再現できていないことが多く、本人たちもその理由がわからなかったりします。それもおそらくコアマッスルが関係しているのではないかと思うのですが。

木村 ちょっとしたずれなのでしょうね。身体も日々変わるので、好調な状態を同じように再現するのはなかなか難しいと思います。

トレーニングで陥りやすい失敗

木村 筋肉の付けすぎは体幹を整える上で陥りやすい失敗なのです。よく筋トレで頑強になったと思われがちですが、それだとかえって動けない身体になるケースもあります。理想的なのはいかようにでも動ける形にしておくことなのです。

名倉 筋肉が固まっている人というのは、動きを見てわかるのですか。

木村 わかりますね。

名倉 それがすごい。

木村 そういう人は肩に力が入っていたり、歯を食いしばっていたり、どこかしら緊張した状態なのです。リラックスして体幹が使えている状態とは明らかに違います。

名倉 そういう方には筋肉の使い方を変えるように指導するのですか?

木村 例えば「力を抜いて」とか「ここも抜いて」とやっていると、余計な力が抜け、効率良く身体を使えるようになっていきます。

名倉 たしかにトッププロのフォームを見ると、とてもリラックスしていて、じつはあまり力を入れていないですよね。逆に下手な人はガチガチに力んでしまっていたり。

木村 つねに良い意味でリラックスできているのが理想ですね。ちなみに、バイオメカニクスの世界では筋肉の柔らかさをチェックすることもできるのですか?

名倉 超音波などを使って調べる機器はあります。肩こりなどの症状を調べるために筋肉の硬さを測ることもあります。

他にも、ケガをした子どもたちには必ず「立ったまま床に手をつけてみて」というのですが、ケガをする子は大抵手が届かない。もともと身体が硬いのですね。「ちゃんと毎日お酢を飲みなさい」なんて冗談を言いながらストレッチを薦めます(笑)。もちろん運動する前は誰でも身体が硬いので、医師としてはまず準備体操を薦めます。

木村 年齢や生まれもった筋肉の質もあります。歳を重ねても筋肉が柔らかいままの人もいます。ストレッチをまじめに続けていれば、筋肉の質は少しずつ変わるので、硬い人はコツコツ続けてほしいですね。

コアマッスルが腰痛解消の要に

奥山 筋トレとピラティスの違いはどんなところにあるのですか?

木村 とくにアスリートの人たちはアウターマッスルが強いので、動き出しの時に腿や胸の比較的大きな筋肉に、すぐにスイッチが入るんです。

でも、この時にインナーマッスルを使えていないことが多い。背骨周りや骨盤周りにある深層の筋肉をしっかり使えたら、動きの質はもっとよくなります。身体の内側から動けるとキレが出るんです。ですので、ピラティスではアウターよりも先にもっと奥のほうを意識するトレーニングをしています。

名倉 過去の研究では、スポーツのプレー中に片足で着地した際に膝の前十字靭帯を切ることが多いのは圧倒的に女性というデータがあります。中でもとくにケガをしやすいのは着地がX脚の人。ケガをしないためには股関節周りの筋肉が大事なのですが、この部分が弱いとX脚での着地になってしまうんです。

実際に脚の角度をニュートラルにして降りるトレーニングをすると、骨盤周りの筋肉が鍛えられ、ケガが減ったというデータもあります。スポーツ医学の分野では、膝のケアはこの10年間で大きなトピックになっています。サッカー日本代表でも専門家が加わり、コアマッスルを鍛えてケガを予防する取組みが行われています。

木村 コアマッスルはインナーマッスルの中でも本当に必要な部分の筋肉なので、アスリートにとってはとくに重要ですね。

名倉 コアマッスルが人間の運動をさまざまな形でコントロールしているのは科学的にも間違いありません。ケガを減らすにはこの部分を鍛えるのが一番です。

木村 脇腹のあたりの骨がない部分、指で摘むとグニャっとなるところですよね。ここを、ちょうちんをグッと開くように伸ばしきると背骨も伸び、その状態をしっかり保てれば体幹も整えられます。

名倉 その部分は大腰筋と呼ばれるのですが、僕はまさにこの筋肉をテーマに博士論文を書きました。人間だけが持つ腰から股関節まで伸びる構造の非常に面白い筋肉で、腿上げをする時などに使います。これが腰にべったりくっついている。

人間は二足歩行になり、股関節を伸ばすようになったことで腰痛が起こったと言われています。腰の悪い患者さんに水中ウォーキングで大腰筋を鍛えなさいと言うと、みるみるよくなります。ですが、背骨の筋肉を挟み撃ちにしている大事な筋肉なのにあまり鍛えられることのない部分なんですよね。

木村 普段の生活ではほとんど意識されない筋肉ですね。

奥山 腰痛と言えば、私が所属しいる体育研究所の公開講座で地域の人たちにヨガを教えたことがあるのですが、参加者から「腰痛が治った」と言われて驚いたことがあります。

私は自分から「肩こりが改善します」とか「腰痛が治ります」とは決して言わないのですが、効果があったという感想が寄せられました。私自身は決してそれを売りにするつもりはないのですが、今の話を聞いて納得しました。

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