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【三人閑談】
体幹を整える

2022/02/25

  • 名倉 武雄(なぐら たけお)

    日本橋 名倉整形外科院長。慶應義塾大学医学部久光製薬運動器生体工学寄附研究講座特任教授。1998年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。1750年より続く〈ほねつぎ名倉〉の伝統を受け継ぐ。

  • 木村 奈美(きむら なみ)

    英国ロイヤルピラティス・アコア認定教師。1996年慶應義塾大学文学部卒業。商社勤務中にピラティスと出会い、身体の変化を体感。指導者となり痛みやケガのない身体づくりを伝える。

  • 奥山 靜代(おくやま しずよ)

    慶應義塾大学体育研究所准教授。1999年日本女子体育大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。全米ヨガアライアンス認定講師。日吉・三田キャンパスでヨガの授業を担当。ボディコンディショニングの楽しさを伝える。

体幹は整えてから鍛える

名倉 近年、「体幹を鍛える」といったことがよく言われますね。体幹はコアマッスルやインナーマッスルと言った呼び方もしますが、定義は結構曖昧ですね。医学的には背骨と骨盤に付いている筋肉を指します。主に身体の支柱となる背骨や中心に近く、深いところにある筋肉で、姿勢などをコントロールしている筋肉と言われます。

木村 ピラティスでは、肋骨の下から骨盤にかけての身体の中心部のエリアを「コア」と呼びます。骨盤底筋や横隔膜、腹横筋、多裂筋が、コアのインナーマッスルですね。「体幹」は諸説ありますが、もう少し広くお腹や肩甲骨周りを含む、脚と手を除いたボディのところとされています。

奥山 ヨガでは「背骨を軸伸展する」という表現をよく使うのですが、名倉先生が仰る、背骨に近いところの筋肉を意識する動きが多いです。

木村 体幹は整えてから鍛えるのが正しい順序かなと思います。背骨や骨盤がゆがんだままでは筋肉を正しく使えないので、鍛える前にまずその配列をしっかり整えるのが先だと私は思っています。

奥山 私も今回のテーマを聞いた時、「鍛える」ではなく「整える」というのがいいなと思いました。というのも、ヨガの歴史は瞑想に起源があり、身体を鍛えるためのものではないからです。

名倉 僕も整えるのがまず大事だと思います。

木村 医学的には骨を整えて筋肉を鍛えるみたいな感じでしょうか?

名倉 筋肉と骨が相互に作用して姿勢を制御しているので、例えば、腰の反りが強いと腰痛になりやすいと言われます。妊婦さんがお腹が大きくなり、腰が反ってしまって腰を痛めるのはその例ですね。

「良い姿勢」と一言で言っても、バリエーションはとても多いので、その人にとってバランスがいい状態を保つのが一番なのですが、それが崩れると腰痛や肩こりになります。首の骨は前に反っている状態が正常で、スマホを使い過ぎたりするとストレートネックや猫背になり、ひどい肩こりにつながります。

奥山先生は体育の授業でヨガの指導をされているそうですが、中には姿勢の悪い学生もいるのではないですか。

奥山 そうですね。猫背気味の学生は大勢います。みんな体重の方を気にしがちですが、それよりも姿勢を気にしてほしいと思いますね。

快適な姿勢に近づける

奥山 ヨガの哲学の一つに、「ポーズとは安定して快適なものでなければならない」というものがあります。練習を重ねて安定と快適を身につけていきます。それが見つかると徐々に整えていけます。歳を重ねるとどうしても筋力は低下しますが、身体に痛みがなく安定して快適に過ごせる人は、きっと身体が整っている状態なのだろうと思います。

この快適な感覚をつかむことができ、さらに難度の高いポーズもしてみたいという人には、私は筋力トレーニングを薦めています。

木村 ピラティスでは、背骨の自然なS字カーブと骨盤の自然な角度を保てるように、「ニュートラル・スパイン」「ニュートラル・ペルビス」への意識を高めることを目指します。理想は弱い筋肉を鍛えながら、強い筋肉を維持し、本来あるべき姿に整えていくことなので、「ここが弱いから鍛えよう」とか「ここはきついからストレッチしよう」と、ニュートラルな状態へと近づけていきます。

名倉 なるほど。

木村 その人が自然にとっている姿勢でもじつは身体に負荷がかかっていることがあります。ピラティスでは、それをできるかぎり快適なほうへと近づけていきます。とくにコアのインナーマッスルのような、体幹の姿勢を維持する筋肉を鍛えれば楽になります。それができると、ニュートラルな姿勢を長時間保っていられるようになります。

名倉 私たち医師は"整っていない状態"をレントゲンなどから分析しますが、皆さんは他人の身体をどのように見ているのでしょうか?

木村 私はまずパッと見の姿勢と、屈曲、伸展、側屈、回旋などで背骨を動かしてもらったり、ストレッチをしてもらって可動域を見たりします。でも、これは感覚的な見方です。

名倉 そこがすごいと思います。僕は整形外科医であるとともに、大学ではバイオメカニクスの研究もしています。以前、あるプロジェクトでアスリートの身体能力を数値化したことがあり、筋電図を測ったり、MRIを撮ったりと色々なことをやったのですが、人間の目で見えているわずかな差をなかなか探知できなかったのです。今はまだ人間の目で見て判断するよりも機械のほうが精度が悪い。おそらく皆さんに見えているものをサイエンスで再現するのは本当に難しく、本気で取り組もうとすると、何千万円もする機械をいくつも買わなくてはなりません。

木村 そこは融合させたいところです。私もスタジオでピラティスのインストラクターを務めながら、プロアスリートの個人指導も行っているのですが、医療とピラティスは密接な関係にあり、科学的な裏付けがほしいなと感じることがあります。

整っていることの美しさ

名倉 素人っぽい見方ですが、姿勢が整っている方というのはどこか美しく見えるものです。元陸上選手の為末大さんが現役時代、ハードルを跳んでいる姿がとてもかっこよかったのが印象に残っています。

ピラティスやヨガのトレーナーの方にもアスリートのような"整っている美しさ"を感じます。姿勢が良く、整っている状態にはメンタル面も現れるような気がします。

奥山 私は学生たちに、自分の理想とする体型を想像してみて、と指導することがあるのですが、イメージどおりの姿勢になると自信が持てるようになることを伝えます。体幹を整えたり、鍛えたりすることは、自己肯定感を高めることにもつながります。

名倉 ピラティスでも身体的な美しさを追求することはあるのでしょうか?

木村 一般の方の中には、「背中がたるんできた」という理由でボディメイクをしに来る方もいますね。

ピラティス創始者のジョセフ・ピラティスさんは心と身体はつながっているという思想のもと、ボディ・マインド・スピリットの統合を目指していました。体を鍛えて心も豊かにするのがピラティスの最終的な目標です。

ピラティスさんはドイツ人ですが、英国に住んでいた時に第一次世界大戦が勃発し、捕虜となります。収容所で負傷兵のリハビリに関わり、その際に考案したエクササイズがピラティスメソッドの原型と言われています。その後、米国ニューヨークへと移住、ピラティスが本格的に発展していきました。

フィットネス寄りの米国と比べ、英国ではピラティススタジオが併設されたクリニックも多く、医療のリハビリなどにも採り入れられています。美容からリハビリまで、さまざまな目的でいらっしゃる方がいます。

名倉 医療の世界では、体幹に関わる部分のリハビリはストレッチに重点を置きます。患者自身が自宅で取り組めることが大切だからです。そういう意味で、理学療法士には体幹の知識が求められます。

「コアマッスル」と言い始めたのも、たしかオーストラリアの理学療法士ポール・ホッジが最初で、この言葉が広まり始めたのは、2000年ごろだったように思います。その後も理学療法士の先生方が色々な理論を提唱され、実際に病院でも腰痛や肩こりのリハビリで重視されるようになりました。

木村 最近は理学療法士の中にもピラティスの資格を取りたいという人が増えています。

ヨガの起源に遡る

名倉 ヨガの指導にも資格は必要なのですか?

奥山 資格は必要です。メジャーなのは全米ヨガアライアンス(RYT)で、最大規模のヨガ協会の資格です。ポーズ、指導法、ヨガ哲学、解剖学などの規定のカリキュラムを学ぶことが必須です。RYT200とRYT500があり、200は200時間の講習を受けると取得できる資格です。500を取るにはさらに300時間講習が必要です。私は200を持っています。

全米ヨガアライアンス協会が定めた基準を満たした認定校であれば、日本でも講習を受けられますし、インドやハワイ、オーストラリアでも短期間で資格を取るプログラムがあります。その他に各ヨガ団体が独自に発行している資格もあり、短期間の講座でその団体認定の資格を取得できたりします。

名倉 ヨガもピラティスも、世界中でさまざまな広がり方をしているのですね。

木村 ヨガのほうが歴史が長く、一般的な感じですね。

奥山 たしかにヨガの歴史は古く、紀元前2500年頃が起源とされています。モヘンジョダロ遺跡に、ヨガの座禅を組んで瞑想する人が刻まれた印章が残っていて、インダス文明の時代が発祥とも言われます。

もともとはポーズというものもなく、座禅を組んだり、呼吸を整えたりして瞑想することを「ヨガ」と呼んでいたようです。ポーズができ始めたのは1300年頃とされています。

木村 ピラティスとヨガはよく比較されますよね。

奥山 そうですね。私たちにとってはまったく違うものですが、ピラティスと混同する学生も結構います。そういったこともあるので、ヨガの歴史やヨガとは何かといった話も交えながら、理解を深める授業をしています。

木村 両方とも女性、とくに意識が高い人たちがやっているというイメージを持たれますよね。

奥山 たしかに一部の学生には、ヨガは意識が高い人がやるものという先入観をもつ人もいますね。

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