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【三人閑談】
完璧なパフェ

2021/11/25

人を迷わせるイチジクの力

國枝 また昭和の話で申し訳ないのですが、イチジクが僕は大好きで、というのも子どもの頃、食べ放題の環境で育ったからなんです。生まれた家の畑にイチジクの木があり、昔気質な祖母が、最初のイチジクは一番小さい孫が食べるものだというポリシーを持っていたのですね。

その頃はイチジクも皮は剥いて食べていたのですが、その味や食感がすごく新鮮でした。そのまま食べられる品種もあって、最近パフェなどに使われているのを知りました。

平野 イチジクってちょっと「はぐれそう」になる味がしませんか? 私にとっては場所性を失いそうになるというか、一瞬自分がどこにいるのかがわからなくなる危うい味なんです。イチジクがパフェに入っていたり、生ハムと合わせてあったりすると、あやしくておいしくて、どうしよう! みたいな感じになってしまいます。太田さんは、イチジクはお好きですか?

太田 好きです! でも仰るとおり、口に入れると実がほろほろとほぐれる食感に「私はどこ?」となってしまう感じはあるかもしれません。ビジュアルも艶めかしくてすごく絵になる果物ですよね。バルサミコのような酸味にも合う不思議な食材です。

パフェにはフルーツが付き物ですが、それによって盛付けの表情も随分変わってきますよね。シャインマスカットを使ったグリーン系のパフェとバナナを入れるチョコレート系のパフェでは表情も全然違いますし。

國枝 シャインマスカットのパフェも最近流行り始めたものですね。

平野 皮を剥かなければいけないアレキサンドリアと違ってシャインマスカットはそのまま食べられるじゃないですか。そのせいでシャインマスカットの流通量がものすごく増えていると聞きました。風味で言えば他にも美味しい品種があるのに、その便利さで消費量がめちゃくちゃ増えているらしいです。

これぞ完璧?《苺のブリュレパフェ》

平野 私、ロイヤルホストのパフェが好きなんです。

國枝 ロイヤルホストにはどんなパフェがあるのですか?

平野 お気に入りなのは《苺のブリュレパフェ》です。上がカリカリ系で、その下がブリュレの層になっています。ロイヤルホストのスイーツメニューは、秋になると栗のフェアをやったり、季節ごとに変わるのがうれしいです。

太田 たしかに季節のスイーツがたくさんありますね。

平野 そうそう、《苺のブリュレパフェ》は春のメニューなのですが、それは完成度が高くて本当にすごい。

1番上のキャラメリゼされた部分をスプーンでカツカツするのが楽しいし、その下のブリュレ層にはナッツが入っていたり、バナナが角切りにされていたりと、ちょっと違うキャラになっていて、少し後には生クリームがあり、下のほうにバニラアイスが出てくるのですが、ここにイチゴのソルベが入っているのです。

このソルベが果実感とさわやかさみたいなところですごくすっきりさせてくれるのが重要で、最後にはイチゴのコンポートが出てくるのですが、そこもすごく果実味があり甘酸っぱさもあって、最後まで食べやすいようにできているんです。本当に考え抜かれていると思います。

太田 おいしそうですね。

國枝 レイヤーを暗記しているのがすごい(笑)。今日はオンラインなので今ブラウザを見ながら聞いていたのですが、写真どおりの説明なので驚きました。

平野 パティシエのパフェだけではなく、市井にもそういういいパフェが見つかるとうれしいんです。

太田 このパフェは完璧ですね(笑)。

やっぱりグラスの上の部分の使い方が一つのポイントで、あの面よりも上に素材が出るかどうかで視覚的な印象が違ってくるのです。《苺のブリュレパフェ》はそこをキャラメリゼしていますが、薄いビスケットを使うクリエーターの方もいます。断面の表現でパフェの視覚的な面白さが倍増するのを改めて感じました。

國枝 パフェの表現というのは、万華鏡のようにさまざまな見え方があってじつに無尽蔵の世界ですね。

ちなみにファミレスはフランスにも一応あります。そこではもちろんパフェも食べられます。僕の体験ではバナナスプリット──これはアメリカ由来のものじゃないかと思うのですが──も出てきますし、マクドナルドにはサンデーやパルフェがあります。

でもファミレスやファストフード店は商品名に英語が使われていたりもするので、フランス独自のものとなるとやっぱりレストランでの食事の最後にデザートとして楽しむのが普通ですね。

昭和パフェの愛おしさ

國枝 先ほど平野さんが起承転結の“起”しかないと表現されていた(笑)、昭和のパフェについてはどうでしょう。平野さんはそういう喫茶店に入ることはありますか。

平野 昭和的なパフェには安心感もありますよね。私は喫茶店に行くのが好きで、もちろんパーフェクトは望めないのですが、例えばパンケーキを頼むとお店のおじさんは「パンケーキね」と言ってキッチンに消えていき、しばらくすると電子レンジのチーンという音が聞こえるみたいなことがあります(笑)。

そうして余計な水分を蓄えたレンチンパンケーキが出てきたり、そこに不思議なブルーのソースがかかっていることにもすごく愛おしさを感じます。おいしさを求めるだけではないパフェとの向き合い方も一方にはありますね。

國枝 そういう喫茶店では、アイスクリームにチョコレートソースがかかっているだけでもうれしくなりますよね。パフェに限らず、それで満足できてしまうような。

太田 私は昭和のパフェというと、生クリームの印象が強いです。昔の生クリームは今のクレームシャンティイとは違って、ちょっと空気を含んでぼそぼそしていました。一緒に注文したコーヒーにその生クリームを入れて、ウインナーコーヒーにするような、パフェとコーヒーはセットというイメージがあります。

ネーミングの背景

國枝 先ほど日本のパフェに近いものはクープではないかと言いましたが、今のお話を聞いてもう1つ思い出しました。フランスではクレームシャンティイ(crème chantilly)をアイスクリームの上にのせたデザートがあります。コーヒーアイスにのっていると「キャフェ・リエジョア」と呼び、チョコレートアイスなら「ショコラ・リエジョア」となります。

「リエジョア」はベルギーの都市「リエージュ」のことで、「キャフェ・リエジョア」はもともと「ウインナーコーヒー」のことだったのです。というのも第一次世界大戦の時、フランスにとってオーストリアは敵国でしたので「ウィーン」が入ったメニューの名前は「リエージュ」に変えられました。

ウインナーコーヒーもそれ以前は「キャフェ・ヴィエノア」でしたが、ヴィエノア(ウィーン)をリエジョア(リエージュ)に変え、「キャフェ・リエジョア」と呼ばれるようになった歴史があります。

太田さんの仰るウインナーコーヒーの召し上がり方は、フランスのチョコパフェ──向こうでは「ショコラ・リエジョア」「キャフェ・リエジョア」と呼ばれるもの──に近いと思います。

太田 なるほど、そういう文化が戦後、日本にも入って昭和の喫茶文化に定着したのかもしれませんね。

國枝 ちなみに、生クリームがのったデザートは他にも《ピーチメルバ》や《ベル・エレーヌ(美しきエレーヌ)》などがあります。ピーチメルバは歌手の名が由来になっており、ベル・エレーヌも作曲家のジャック・オッフェンバックが書いたオペレッタのタイトルから付けられました。

フランスのデザートはネーミングに創意工夫を凝らす文化がありますね。

平野 《ウィークエンドシトロン》という伝統菓子もありますよね。

太田 レモンを使ったケーキですね。これは英語ですか?

國枝 ウィークエンドという言葉自体はフランス語に定着していますね。

平野 週末を幸せに過ごすためのお菓子みたいなイメージが湧くネーミングが素敵だなと思います。それを食べているシチュエーションや風景が浮かぶようです。

國枝 僕は先ほどイチジクのキャラメリゼという表現を聞いて、頭の中がパフェでいっぱいでもうよだれが出そうになっています(笑)。

太田 平野さんが仰るとおり、パフェは情報量が多いので、全神経を集中していただくデザートなのだと改めて思いました。味覚に訴える以前に、視覚的にも嗅覚的にもくすぐられる情報が満載ですよね。口に入れるとさらにすごい体験が待ち構えていて、そういうものを食べながら哲学的なお話ができれば楽しいだろうなと思いました。

國枝 今日はコーヒーパーラーヒルトップでやるべきでしたね(笑)。

平野 それは素敵です。いつか実現したいですね。

太田 ぜひまたやりましょう。ますますパフェ沼にはまっていきそうです。

(2021年9月22日、オンラインにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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