【三人閑談】
完璧なパフェ
2021/11/25
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平野 紗季子(ひらの さきこ)
フードエッセイスト。2014年慶應義塾大学法学部卒業。小学生から食日記をつけ続ける。著書に『生まれた時からアルデンテ』『味な店 完全版』など。
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國枝 孝弘(くにえだ たかひろ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。専門のフランス文学研究、フランス語教育に携わるかたわら、甘味の魅力を探求する。文学博士。著書に『耳から覚えるカンタン!フランス語文法』など。
パーフェクトなパフェが少ない!
國枝 パフェと言ってもその種類はじつに豊富です。今回、僕は昭和代表かなと思い、初めてパフェを食べた時のことを思い出しました。僕の地元は岐阜県の田舎町ですが、小学生の時に近所に喫茶店ができ、家族で出かけたことがありました。そこで初めてパフェを食べさせてもらったのが最初のパフェ体験の記憶です。
当時のパフェにはアイスクリームや生クリームの下に、メロンを意識したものだと思いますが、結構どぎつい緑色のソースが入っていました。そういうものも昭和の小学生にとってちょっとした贅沢だったように思います。
太田 私はケーキデザイナーとして、ウェディングやメーカーのショーケース用といったオーダーメイドのケーキを中心にさまざまなスイーツづくりをしています。その一方、芸術教育士としてもお菓子づくりを通して子どもの創造性を育むような活動をしています。
私が幼いころの記憶のパフェと言えば、コーンフレークが下地にあり、生クリームとバニラアイスが上にのっているものでした。チョコレートソースがかかっていて、それもまた昔ながらのパフェではないかと思うのですが、当時は夢の世界のお菓子というイメージがありました。
最近はパティシエのつくるパフェに注目が集まっていますね。私も先日、フォーシーズンズホテル東京大手町のエグゼクティブパティシエ、青木裕介さんのパフェが気になり、食べに行ってきました。
平野 私は普段フードエッセイストとして文章を書いたり、音声配信をしたり、お菓子ブランドの代表を務めたり、食にまつわるプロジェクトに色々なかたちで関わっています。中でもパフェは私にとって難しい食べ物の1つです。
國枝先生にお訊きしたいのですが、パフェ(Parfait[仏])の語源は英語のPerfect と同じなんですよね?
國枝 そうですね。パフェは英語で言うとパーフェクトです。
平野 それなのにパーフェクトなパフェと呼べるものは実は少ないんじゃないかと、私はいつも感じていました。
というのも、パフェはボリュームが多いのに食べ物としての命がすごく短いですよね。パフェには「瞬間芸術」的な側面があり、時間が経つとジャボジャボの沼のようになってしまうという……。
太田 たしかに、美しくて食べきれないほどのボリュームはパフェの特徴ですね。
平野 これのどこがパーフェクトなんだろうと(笑)。その一方で太田さんの仰る、パティシエが細い針穴を突くように試行錯誤する繊細な世界もありますよね。パティシエのつくるパフェをいただくと、パフェというのはやっぱりクリエーションを競い合う、見せがいのある食べ物だなと思うのです。私もパティシエのパフェを食べに行くのが好きで、記憶に残っているのは表参道の「EMME(エンメ)」です。
太田 EMMEのスイーツはとても人気ですよね。
平野 EMMEは延命寺美也さんという女性のパティシエがやっているお店なのですが、彼女がすごいのは1つ1つのメニューに色々な分析があり、それをもとにスイーツを仕上げているところです。
延命寺さんは食後にもするりと食べられるような「飲めるパフェ」が理想と仰っていて、そのために温度と水分量が大事だという。パフェには一方でつくり手のクリエーションを味わえる部分が面白いですね。
でも、もう一方にはポッキーがささっているようなクラシカルなパフェの世界もあって、私も田舎の喫茶店で見かけるとキュンキュンしてつい頼んでしまいます。「わー、なんでポッキーささってるの?」みたいな(笑)。そういう色々な視点で味わえる楽しさもあるのがパフェですね。
國枝 ポッキーがささっているとそれだけでお得感がありますよね。
平野 あのマジックは一体なんでしょうね。
「デザートはチーズの後で」
國枝 日本のパフェの由来がフランス語の「parfait」と言いましたが、フランスのレストランでパフェをオーダーしても、私たちの知っているパフェは出てこないんです。日本に根付いているパフェとフランスのパフェはそもそも違うものなんです。
平野 フランスでパフェをオーダーすると、グラッセのようなスイーツが出てきますよね。
國枝 アイスクリームケーキみたいなものですね。ですが、それもフランスのレストランで日常的に見られるメニューではないんです。
平野 夏になるとカフェのメニューで登場するものだと、パリに住んでいる友人が言っていました。
國枝 そうですね。シャーベットとまでは言えませんが、暑い季節に食べる冷たいデザートです。
太田 フランスのパフェはフルーツにアングレーズソースのようなものがかかっているイメージです。
國枝 むしろ日本のパフェに近いのは「クープ(coupe)」と呼ばれるもので、デザートとして出されます。
ちなみに仏仏辞書では、「デザート」は「食事の最後に出る甘いもの」と定義されているのですが、面白いのはそこに「チーズの後で」とあることです。「チーズの後で」のところに、わざわざ「フランスでは」とも書いてある。これを知った時は面白い定義だなと。
平野 面白いですね。それはちゃんと順序立てて食べなさいということですよね。デザートだけ食べる行為は、作法から外れてしまうことになるのですね。
國枝 そうですね。「デザート」には「食事の最後に出されるもの」という意味が込められているのですね。だから、フランス人がわざわざパフェを食べに行くことはもちろんなくて、デザートとして供されるのが一般的です。パフェを食べたい時にはレストランへ出かけて食事を楽しみ、最後にデザートとしてクープを注文するのですね。
パフェは和製デザートだった?
太田 フランスで食べられるクープは、アイスがいっぱい盛り付けてあるアメリカのサンデーのようなデザートですね。それと比べると、やっぱり日本のパフェというのは日本人らしい世界観も込められた独特なもののようにも思います。
日本人は季節の情景をお菓子に取り込むのがとても上手ですよね。日本のパフェもフランスのパフェやアメリカのサンデーに日本流のアプローチが加わって生まれたもののような気がします。
國枝 日本のお菓子の世界は春夏秋冬を意識することが多いですね。季節感を繊細に加えるのが日本のお菓子文化なのでしょうか。
平野 たしかに和菓子でも、お餅に練りこまれたクルミの断面を「明け方の空を舞うカラスです」、なんて言われたりして。人間はつくづく想像力の生き物だなと思いますが、フランスにもそういう文化はありますか?
國枝 日本ほど四季を意識したメニューは多くない気がします。もちろん果物自体は豊かな国なので、季節のフルーツとしてイチジクやイチゴはよく食べられていますが、料理の中にわざわざ四季を織り込むことは少ないように思います。
僕は今日のためにお茶の水にある山の上ホテルでパフェを食べてきたのですが、9月に入り、栗を使った秋のメニューに変わっていました。そういう趣向はフランスにはあまりありませんね。
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太田 さちか(おおた さちか)
ケーキデザイナー、芸術教育士。2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業。日仏両国で製菓、芸術を学び京都芸術大学でMFA(芸術修士号)取得。著書に『不思議なお菓子レシピ サイエンススイーツ』など。