【三人閑談】
完璧なパフェ
2021/11/25
パフェに込められた物語に対峙する
國枝 平野さんがパティシエのクリエーションを楽しみに行く時には、ただパフェを味わうのではなく、つくり手のパーソナリティを発見したり、その人の魅力に触れるといった期待もあるのですか。
平野 そうですね。パフェを食べに行くのはお任せのフルコースをいただくことに近くて、定食屋で自分の食べたいものを注文することとは逆なのです。その方のつくるものや思想、パーソナリティもすべて物語として味わうという感じでしょうか。
太田 私もそういう期待感があり、同時に味覚の冒険に行くような心境もあります。新しい出会いを期待しているというか、甘味の後に酸味がくるといった変化を体験することは自分にとって冒険なんです。パティシエの方の旅を追体験することにもなりますし。
國枝 マリアージュの意外性や、つくり手の味覚を発見する喜びがあると。
太田 口の中や身体の内側に起こる未知の体験を期待してしまいますね。
平野 味覚が拡張されるような体験を求めて行くということですね。
國枝 味覚の拡張、というのは良い表現ですね。
平野 驚くような食体験を与えてくれる人のことは好きになってしまいますね。でも自分がエネルギーにあふれている時でないと受け取れないものでもあります。パフェを食べる時はやっぱり集中したい。恋バナなんてしたくないんです。
國枝 黙々と食べると?
平野 その物語と対峙したい、というのに近いかもしれません。私は1つのパフェの中にどれくらいストーリーが込められているかに関心があるのです。
例えば、チョコバナナパフェのような昔ながらの喫茶店のものは起承転結の“起”しかない感じで(笑)、パティシエの方が考え抜いてつくったパフェは、“起”で果実味を味わった後に“承”のアイスがきて、“転”ではハーブとかすごい世界観のものが入ってきた後、最後をどう締めるか、みたいな流れがあります。そういう起承転結をどこまで込めるかということもパティシエによって全然違いますね。
スワンシューの過剰な魅力
國枝 僕は一人でもパフェを食べに行くのですが、お二人はどうですか。
太田 私はちょっと身構えてしまいます。一人でパフェをオーダーするのは緊張しちゃう。
平野 かわいいですね。
太田 平野さんは平気?
平野 私は大丈夫なほうです。
太田 私にとってパフェはすごく特別感があり勇気がいる存在なのです。ボリュームがあるので何かのついでではなく、今日はパフェを食べる! と決めて出かける感じですね。
女子会のノリで行く方もいるのでしょうけど、そういう時は会話がメインになっちゃいますよね。國枝先生が山の上ホテルにパフェを食べに行かれる時はどういう心境なのでしょう?
國枝 僕は山の上ホテルのコーヒーパーラーヒルトップの、調度品に囲まれた贅沢な空間が好きなのです。そういう場所でパフェを食べると、今日は本当にいい日だなと思えるんです。
以前、お茶の水のアテネフランセでフランス語の助手を務めていたことがありました。その時に仕事の後で飲みに連れて行ってくれる先輩がいたんですね。その方が時々、最後に山の上ホテルのバーに連れて行ってくれたりして、それ以来、たまにあの空間を味わいに行くのです。その日は大げさではなく夢を見るような感じです。
平野 コーヒーパーラーヒルトップのメニューにプリン・ア・ラ・モードがありますよね。
あのプリン・ア・ラ・モードにはアイスや生クリーム、フルーツだけでなく、白鳥を象ったスワンシューが入っているんです。それまで、そんなプリン・ア・ラ・モードを見たことがなかったので、頭に船が乗った髪型のマリー・アントワネットを見た時以来の衝撃を受けました(笑)。
國枝 スワンシューをのせるというのも昭和の文化でしょうか。
平野 プリン・ア・ラ・モードもパフェも、過剰さゆえの魅力みたいなものがありますね。
國枝 スワンシューには、そこまでしなくてもいいのに、と感じさせるものがありますよね。
平野 そういうサービス精神はどこからきているのでしょうね。
《無重力パフェ》と断面の美学
國枝 太田さんのスイーツに《無重力パフェ》というものがあるそうですが、どのようなものなのですか。
太田 無重力パフェはパフェグラスに蓋をすることで、横から眺めた時に上と下で世界が分かれて見えるような視覚効果を使ったものです。上下の概念がない様子を表現したくてグラスの縁にビスケットをのせ、その上下にクリームをデコレートしました。グラスの中が空洞になっていて、クリームが逆さ富士のように見えるイメージです。
ポイントはクリームにメレンゲを使っているところで、それによって下のクリームも落ちることなく長時間形が保たれます。生クリームは時間が経つと温度環境によって溶け落ちてしまうのですが、90%がタンパク質でできているメレンゲにはずっと形が維持される特性があり、逆さに盛り付けても5、6時間はその形状が続きます。メレンゲの面白さを伝えたくてつくったパフェですね。
國枝 食べたくてももったいなくてビスケットが割れませんね。
太田 メレンゲは接着剤的な役割も果たすので、同じ原理でさらに小さなケーキをくっつけてあげることもできます。すると、小さなケーキが逆さの状態でくっついて、グラスの中の上下関係がますますわからなくなるような世界が表現できるのです。それを無重力というネーミングでパフェにしてみたものです。
平野 無重力状態のような見た目もそうですが、形が変わらないことで時間も超越する感じが表現されていて面白いです。
太田 そう言ってもらえるとうれしいです。空間をうまく生かしたほうが視覚的には面白いかなと。
ケーキにも断面映えという言葉があるように、パフェにも断面が見える楽しさがありますよね。そこに空洞が生まれると視覚的にも面白いものができるのではないかと思いました。
断面の見せ方は食材の扱い方にも共通するところがあります。例えば、イチジクはスライス面のビジュアルが美しいのでパフェグラスの中でどう見せるかすごく考えますね。
平野 レイヤーが見えているとすごくエロティックな感じがしますよね(笑)。
ケーキはクリームで覆われているので驚きは切った後にやってきますが、パフェは中が見えた状態で出てくるので盛り付けは重要ですね。
國枝 実際にお菓子をつくる方にとって、やはりパフェの断面は重要なポイントですか。
太田 そうですね。私は断面と高さを一番に考えたいところです。プリン・ア・ラ・モードはヨコの世界で、赤スグリとかブドウがグラスから垂れ下がるぐらいたわわに盛り付けるほうが美しく見えたりしますが、パフェの基本はタテの世界なので、高さを見ながら構造的につくっていくことを考えますね。
國枝 お菓子をつくり始める前にデッサンを描くことはありますか。
太田 描きます。パフェの場合は、絵を描くのと同時にかなり計算します。この素材をどの高さまで入れて、断面ではこのあたりから模様に変えたいとか、このタイミングで味を変えないと胃がもたれるだろうなと考えながら絵を描いていきます。
平野 最終的な完成形はどのように見えてくるものなのですか?
太田 パフェの場合は、クリームだったり、ソルベだったり、下の層のジュレだったりと色々な素材を組み合わせてつくるので、まず一つ一つを完成させるプロセスがあります。それらを食べてもらいたい順番に組み合わせて、最終的に盛り付けていきます。その中で完成したなと思うのはメインとなる味ができた時ですね。
イチジクのパフェをつくる時、トップにのせるイチジクのキャラメリゼを1番伝えたい部分だとすると、キャラメリゼ単体ができた時点でつくる作業はほとんど終わりです。盛り付けはプレゼンテーションで、つくったものを順番に組み合わせていき、全体のバランスをみながら微調整して仕上げていく。パフェはやっぱりメインが肝心ですね。
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