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【三人閑談】
雲を追って

2021/08/16

リアルな雲を描くには

HABU 浮世絵には入道雲などが描かれることは結構あったんですか。

日野原 入道雲と言っていいのかわからないんですが、例えば、昇亭北寿という葛飾北斎の弟子が隅田川の両国橋を描いた絵ではもくもくとした雲が出ている描写がされていますね。これは19世紀のもので、西洋から銅版画が伝わっている時代なんですね。

昇亭北寿「東都両国之風景」 (太田記念美術館蔵)

リアルな風景を描く意識が絵として伝わってきたので、それを真似て遠近法を使ったり、よく見ると橋のところにも影ができている。光が当たって影が生まれる西洋的な表現を浮世絵の中で真似して取り入れようとしています。これまでになかった雲の描き方が生まれてきた例ですね。

宮本 表現が少しリアルになってきたということでしょうか。

日野原 そうですね。雲もリアルに描こうという意識が、江戸時代の終わりごろから徐々に生まれてきていると思います。

宮本 浮世絵で雲や空を描いたのは北斎と広重が多いんでしょうか。

日野原 風景作品が多いのが広重であり北斎なので、それに応じて当然空も描かれることが多くなります。ただ、変わった雲というか、少しリアルな雲ということで考えると、国芳という浮世絵師も変わった雲を描いていますね。

やはり、明治時代ぐらいになってくるとリアルな雲が描かれるようになります。明治12(1879)年ごろの小林清親の浮世絵の版画だと、だいぶリアルな風景表現になってきます。光に対する意識が生まれてくるかどうかが、雲を表現する上ではかなり重要なのではないかと思います。

小林清親「川口善光寺雨晴」 (太田記念美術館蔵)

浮世絵は陰影がないですし、太陽の光とかを表現する意識は低かった。それがヨーロッパの影響を受けて表現の中に取り入れるようになったところがあります。HABUさんのお話にもありましたが、雲を表現する上では光がかなり重要ですよね。

刻一刻と変わる空模様

日野原 やはり写真は偶然を切り取るところが、絵画と違って面白いですよね。

HABU そうですね。雲は一瞬で形が変わってしまいますから。

日野原 絵で描いてしまうとリアルではなくなってしまうというか、自然らしさがなくなってしまうところがあります。

HABU 同じものは2度とないというのはやはりいいですよね。大体旅行していても夕方どこで写真を撮るかを決めてから飯食って、それで日没まで撮る感じです。

日野原 やはり夕方が一番きれいなものが撮れるんですか。

HABU ハイライトは夕方ですね。刻一刻と空が変わっていって、その時うまい具合に風でも吹いてくれていると、いろいろな形に雲が流れていって、その都度光の当たり方が変わりますから。結局、組み合わせですよね。うろこ雲にきれいに夕日が映っているとか。

西オーストラリアCarnarvon ©HABU

宮本 今までに緑色の雲をご覧になったことはありますか。

HABU 聞いたことはありますけど、見たことはないですね。水平線の上とかでしょう?

日野原 それはどういう現象なんですか。

宮本 グリーンフラッシュ(緑閃光)というのでしょうか。空の色が変わるのは太陽の光の中にもともと虹色の成分が含まれているからで、太陽光がその地点に来るまでにどれだけ大気を通過してきたかで色が決まるんです。日中は太陽の真下にいて短い距離なので青なんですけど、夕方や朝方は距離が長くなるので、青が消えて赤が残るんですけど、その間に緑があるはずなんですよね。

一瞬だけちょっと緑が出るという非常に稀な現象なんです。

HABU それは見ていませんが、西オーストラリアの真っ平らなところでは、見たことのない雲がよく出ます。道路の上だけ雨が降っていなくて額縁みたいになっていたり。

西オーストラリアMonkey Mia ©HABU

日本でも雲の写真は撮るんですが、近所だと電線など邪魔なものが多すぎて。オーストラリアは何もないところがいいんですね。雲一つない日に360度見渡すと、何となく霞がかかっているみたいなところが見える。あそこまで行けば雲があるんじゃないかなと、そちらへ向かって400キロ走ったこともありました。そんなことばかり30年ぐらいやっていますね。楽しいですよ。雲を追いかけているのは。

宮本 空が広いのはいいですよね。学生の時にアメリカのオクラホマに1年間留学していたんです。トルネードがよく出るところで有名ですが、本当に何もなくて空と平原しかないみたいな感じでした。

ビジネス目的でトルネードチェイサーという竜巻を追いかける人たちがいて、車で待機していて、トルネードが出そうになったら追いかけいって、映像を撮ってテレビ局に売ることを生業にしているんです。

その人たちはなぜかわからないけど竜巻を見つけてくるんですよね。

日野原 彼らは竜巻を予測して追いかけているんですか?

宮本 レーダーとかを見ているのかもしれないですけど、データが緻密にあるわけではないので、勘なんですかね。竜巻はほぼ間違いなく親雲という入道雲のさらに強力版のような雲の下にできるので、その親雲を捉えられるかが勝負なんです。

モーニンググローリー

宮本 オーストラリアだと、モーニンググローリーというのはご存じですか。

HABU はい。白い霧みたいなものがロール状になって、横にブワーッと広がって。たぶん僕、その中に1回入ったことがあります。

宮本 そうなんですか(笑)。

HABU 車で走っていると、突然スポンと視界が50センチぐらいになるんですよ。

日野原 雨が土砂降りなんですか。

HABU いや、降っていないんです。突然すごく濃い霧の中にスポンと入り込む。よほど離れないと、どんなサイズなのかはわからない。

日野原 車だと危険ですよね。モーニンググローリーは雲なんですか。

HABU 霧状のものだと思います。分類すると雲になるんですか?

宮本 雲と言ってもいろいろなサイズがあるんです。雲の正体は水滴とか氷の粒ですが、できたての雲は0.01ミリとか10マイクロで、髪の毛より細くてすごく小さい。

ただ、落ちてくる雲の粒、雨粒になると数ミリぐらいになるので、できたての雲の粒の100倍ぐらい大きくなっています。だから、同じ入道雲でも、できたての部分はビー玉ぐらいの大きさだったものが、落ちてくる時は大玉転がしの玉ぐらいになっているのです。

モーニンググローリーの粒はたぶんできたての雲ぐらいの大きさだと思います。霧と同じぐらい。それと、ダストストームで巻き上がっている砂の粒の大きさはそんなに変わらない。たぶん入ってしまうとまったく見えないので、霧なのか砂嵐なのか、わからないぐらいのすさまじさだろうと思います。

HABU まあ、いろいろびっくりする、経験したことがない自然現象はありますよ。本当に。

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