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【三人閑談】
雲を追って

2021/08/16

積乱雲のメカニズム

宮本 先ほど入道雲がお好きだとHABUさんが言われましたが、入道雲すなわち積乱雲は、雲の中でも独特です。地球の大気は上下に空気が動きにくいんです。大体の雲は、横にシュッと広がっているんですね。ニュッと上がるというのは稀なケースで、特別なメカニズムが働かないとできないのです。

そのメカニズムは、下が暖かくて、空気が上っていくというのがカギです。だから、熱帯とか、夏に地面が暖められた時に積乱雲ができやすい性質があります。

HABU 一番巨大な入道雲は何メートルぐらいあるんですか。

宮本 高度は、対流圏の頂上(対流圏界面)まで行きます。

HABU 成層圏のところで止まってしまって、横に流れるものがありますね。「かなとこ雲」というのはそういう現象ですよね。

宮本 おっしゃる通りです。成長中の積乱雲が、対流圏の頂上まで行くと、全体で15キロ、1万5千メートルぐらいです。1万8千メートルぐらいのこともありますが、日本だと1万2千ぐらいです。そこに行くとパンと上に当たって、行き場がなくなってしまい「金床」の平べったい形になるので「かなとこ雲」と言われたりします。

HABU やはり、入道雲ができるところは湿度が高いとか、そういう条件があるんですか。

宮本 そうです。高温多湿ですね。下のほうが多湿で海水とかをどんどん吸い上げていきます。

博士課程の時に海洋観測船で1カ月ぐらい海の上で過ごしたことがあるんですが、その時に360度海で、まさに水平線に空みたいな感じでした。すると入道雲が日々、そこら中にできてきます。

日野原 積乱雲が発生することと台風が発生するメカニズムは同じところがあるのでしょうか。

宮本 すごく似ています。台風も上空に空気が動いていくことが大事ですし、台風は積乱雲がたくさん集まっているイメージなので、入道雲がたくさんできるぐらい大きなスケールで全体的に暑くて湿っている形ですと、環境場としてはすごく好ましい。後は、何かしらの渦、つまり風が来ると成長しやすいんです。

積乱雲は成長していく段階では、上だけを目指してひたすら上っていくんですが、その上っていく間に雲の中でいろいろな過程があり、どんどん水滴が成長していきます。そして、やがて、その水滴が大きく重くなって落ちてくるので、地面まで雨が降ってくる。その時に空気も一緒に引きずり下ろしてきますので、下降流、つまりダウンバーストが発生したりします。

集中豪雨はなぜ増えている?

HABU 入道雲を見ていると、何かわくわくしますよね。動きが速いから見ていても面白いし、このままどこまで行くんだろうみたいな。

あと、高積雲というのかな、ヒツジ雲みたいなのがあるじゃないですか。ああいうのがぽこぽこと並んでいて、上からの光で小さい影がいっぱいできる時が面白いですね。

宮本 HABUさんの話を伺っていると、光と雲というのがキーワードですね。

HABU 太陽が沈む時に、逆の東側の空にピーッと光の筋が出る時があるんです。これは一体どういうことなんでしょうね。光の筋が雲間からピッと出るのは「天使の梯子」と言いますけど、あれも格好よくていいですよね。

日野原 雲の美しさや空の美しさは光が重要ですよね。

HABU そうですね。空は光が降り注いでいるのに、海で一部だけ雨が降っているとかもいいですよね。

日野原 最近、集中豪雨が非常に多いですけど、それはどういうメカニズムでそうなるのでしょうか。

宮本 細かいことは少し難しくなってしまうのですが、ざっくり言うと、大気中に含まれている水蒸気の量が増えてきていることが大きな要因だと思います。

暖かい空気のほうがたくさん水蒸気を含むことができて、スポンジが大きいようなイメージです。昔に比べてスポンジのサイズが大きくなっている。そしてきっかけがあり、ギュッと絞り始めたらすごく出てくるみたいな感じになってきています。

日野原 雲が大きくなってきているということですか。

宮本 たぶんそうですが、おそらくサイズというよりも、雲が強くなっているのだと思います。雲の強さは雲の中の鉛直方向の流れの速さや、水の量で表せます。温暖化していくとその傾向は続くので、強い雨が多くなることは今後も続いていくのではないかと思います。

日野原 昔と比べて局地的なゲリラ豪雨が増えている印象があります。単に全体の気温が上昇しているだけではなく、局地的になっているのは何かまた原因があるんでしょうか。

宮本 雲一つひとつの雨ももちろんスポンジが大きいのでバシャッと降ってくるんですが、雲ができてくると、その周りの空気の流れも変わってくるんです。雲ができる時は、周りの空気を温めるようになる。打ち水の逆、気化熱の逆ですね。湯冷めする時はくっついていた水滴が蒸発して肌が冷えますが、その逆の現象が起きている。蒸発していた水蒸気が液体になるので周りを温めようとするのです。

温まった空気は軽いのでフワッと浮いて、周りも影響を受け、どんどん雲が集まる働きが起きます。そうやって、2つの雲が寄ってきたら当然2倍の雨量になります。さらに寄ってくるともっと複雑なパワーアップをする。「組織化する」という言葉を使うんですが、雲が組織化しやすくなってきているのかもしれない。線状降水帯とかはそうですね。

日野原 全体に大気の動きがどんどん活発になっていると。

宮本 雲のでき方が激しくなってきているので、上下方向の動きが活発になってきていると思います。逆に言うと、雲がないと上下方向に空気はほとんど動きません。同じ高さでジェット気流みたいなのが横に吹くだけですが、雲があるおかげで高低に空気が動くんです。

HABU 大気の動きが攪拌されている感じですか。

宮本 その通りです。入道雲は攪拌するための1つの道具と言うか、入道雲の存在意義は大気を攪拌するためです。上空に比べて地面近くの空気が熱すぎるので、その温度の差を嫌がって、かき混ぜたい。そのために雲がそこにいるみたいなことになります。

雲の形で天気はわかるのか?

日野原 雲の形で今後の天気の動きがわかると言われますが、実際どの程度わかるものなんですか。

宮本 この雲の形だとそろそろ雨が降ってきそうだということは昔から言われていて、実際結構当たるんですよね。

天気予報は今、すごく精度がいいですが、目視による雲の形でどれだけ当てられるのかというのは、まだ誰も検証したことがないです。

日野原 江戸時代でも『通機図解』という、雲の形でこんな天気になりますよ、みたいな書籍があったりします。どこまで科学的なのかはわかりませんけれど。

一方、現代でも、今のNHKの朝ドラ「おかえりモネ」が気象予報士になりたい子が主人公のドラマですが、漁師とか林業を営む人たちがこれから天気が崩れるということを経験則的にわかっているというシーンが出てきます。実際、具体的にどこまで雲の形でわかるのかなと不思議に思うんですけれど。

宮本 例えば入道雲でしたら、見るからにこれはちょっとまずいと思うんですが、難しいのは、それほどモクモクしてないのに追々天気が悪くなるケースが多々あることです。

日野原 ドラマのシーンですと、まだ全然天候は崩れていないのに午後から崩れるよ、みたいな(笑)。雲の形からの読み解きというのは科学的な裏付けもあるのでしょうか。

宮本 そうですね。経験則の話ですが、科学的に考えても的を射ているものが多いです。少し話が変わりますが、現代の天気予報は科学的知見をもとにした方程式をコンピュータで解いて行われまして、ある程度の精度で積乱雲のまとまりが予想できるようになってきています。やはり災害に直結する入道雲的なものを予測したいというのが一番の目標です。

その一方で、それ以外の、HABUさんのお好きな小さいもこもこした雲が並んでいるような状態では、今の天気予報では予測することが難しいです。実際、あれが出たからいつ天気が崩れるか、という科学的な根拠はあまりなくて、ただ、1つの前兆として捉えられている。そういうタイプの雲があるということは、順を追っていくと、入道雲が何時間後にできて、最終的にそれが雨を降らせる、という流れなのだと思います。

ちょうど研究室の学生の1人が、昔の人は天気をどう考えていたのかというテーマで研究をしていて、今、室町時代に焦点を当ててやっているんですが、情報があまりなくて苦戦しています。

日野原 室町だとほとんど聞きませんが、農書というのは江戸時代にはいくつも作られています。当然、天候、季節というものは非常に重要な要素ですので、自然とのつながりが深かった農業を生業としている人にとっては、天候に対する意識は高かったのではないかと思います。

漁業はあまり調べてないのですが、農書と比べると数多く記録されているというイメージはそんなにないですね。

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