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【三人閑談】
"入力"の極意

2021/07/26

英語圏以外の入力

小川 先ほど話題に出たような英語と自国語での入力方式の違いみたいなものは他の国でもありますよね。

安岡 やはりそれぞれの言語ごとにみんな試行錯誤して入力システムをつくっています。ドイツ語でも普通のローマ字以外にも「ä」や「ü」や「ö」の割り当てがあります。

もっと複雑なのはラテンアルファベット以外の文字を使う文化圏ですよね。アジアはほとんどそうで、とくに私たち日本人も含め、漢字圏は大変です。

というのも漢字の入力は「音」か「形」で区別するしかなく、音での入力も種類に限りがあって同音異義語が無数にある。中国や台湾の人たちは一万種類もの漢字を使い分けるのですが、音だけで検索するのは無理があるのでキーボードには最初から漢字の部品を書いておき、そこから選んでいく方式になります。

増井 中国語の入力はどの方式が一番多いのですか。

安岡 大陸系の学生を見ているとローマ字キーボードで打てる「拼音(ピンイン)」が多いようですが、台湾からの学生は漢字の字形で入力する「五筆」を使っていますね。

増井 両方ともそれほど古いものではないですよね。

安岡 そうですね。どちらも1990年代に登場した方式です。五筆をキーボードに貼り付けて使うのは台湾や香港の学生に多い気がします。

増井 どうしてどちらも拼音にしないのでしょうね。

安岡 香港はわかりませんが、台湾ではすでにボポモフォ(主に台湾で用いられる中国語の発音記号の1つで注音符号とも呼ばれる)というシステムが使われていて、入力方式も違います。アルファベットとの対応も中国ほど厳密ではないので独自の入力方式がつくられたんですね。

タイにはタイキーボードがあり、これはタイ語と対応するアルファベットがキーボードに載っています。韓国も「2ボル式」という、ハングルとそれに対応するアルファベットをキーボードに載せて入力する方式があり、どちらもラテンアルファベットを使わないという点で共通しています。

とくにハングルは21種類の母音と14種類の子音しかないので、キーの数が限られる上、子音+母音+子音字母(パッチム)のパターンなので入力方式もシンプルです。

増井 ハングルは子音と母音を順番に入れればいいし、変換も要らないのでたしかに楽でしょうね。

これからの入力

小川 いろいろな話題が出ましたが、僕はやっぱりこの先、親指シフトがなくなっていくのがさみしいです。

増井 今のうちに買い置きしておいたほうがいいかもしれませんね(笑)。

小川 富士通はもう製造していないので、あとは同好の士の間でエミュレーターを開発して細々とやるしかないのかな、と。エミュレーターが今のOSに対応しているかぎりは親指シフトを使い続けたいですね。

増井 コンピュータ科学者の坂村健さんがつくったTRONキーボードはご存知ですか? それが大好きだという人がいて、一生使い続けたいからと金型を起こして20台くらい自分で作ったそうです。親指シフトにもきっとそういう人がいますよ。

安岡 最近は自作する流れもありますしね。

増井 そう。キーボード本体にCPUを入れてプログラムもできてしまうので全然平気です。それどころか変換もキーボードでできてしまうかもしれない。

小川 キーボードで変換?

増井 OSが対応していなくても漢字変換システムをキーボードに内蔵させればいいんです。ディスプレイは必要でしょうが、今はそういうこともできる時代ですから。

小川 本当に入力は多様化していますものね。音声入力や視線入力も普及すると、入力デバイスはますます広がっていくのでしょうか。

増井 コンピュータ・ヒューマンインターフェースの学会などでは毎年必ず入力に関する論文が出てきます。ある日突然すごいアイデアが出てくるかもしれませんね。

安岡 フリック入力みたいな新しいアイデアが出てくる可能性もありますか。

増井 普及するかどうかはさておき、研究者が一定数いてハードウェアもつくりやすい時代なので、視線入力や音声入力のようなものも少しずつ使い勝手がよくなっているのは間違いありません。温かく見守っていってほしいですね。

安岡 QWERTY配列も偶然の産物なので、私も新しいデバイスとそれに応じた入力手段は絶対に出てくると思っています。ただ、人は一度覚えたものをなかなか手離せないので、それが流行るかは次の世代にならないとわからないんですよね。

増井 入力方式はこの20年でずいぶん変わったのにパソコンのウィンドウやメニューは40年くらい変化していない。そう考えると入力のほうがまだ可能性に満ちている気がします。

安岡 ただ、キーの数はこれ以上増えないでほしい(笑)。明らかに人間が覚えられる数を超えています。

小川 でも、これからどんな入力が出るのか楽しみですね。

増井 私もかかわっていきたいと思います。

(2021年5月15日、オンラインにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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