【三人閑談】
ミツバチの不思議
2021/06/25
「天与の生き物」
藤原 自然の仕組みは計り知れないなと感じています。例えばスズメバチは里山の自然生態系のトップに位置しますが、女王蜂が越冬中に線虫に寄生されると不妊化してしまう。研究によると、越冬しているキイロスズメバチの女王蜂の70%が線虫に寄生されていたそうです。王者のようなスズメバチでも自然の中では決して無敵ではないのです。
そういうことを知るとすごく驚きますよね。レイチェル・カーソンが言った「センス・オブ・ワンダー」、自然の中で不思議さに目を見張るような感性を子どもの頃から育てていくことが、生物多様性を守っていくためにも大切だと思っています。
また、「日本の農業に昆虫がもたらす豊かな実り」という作物の受粉の経済価値を測る調査では、セイヨウミツバチは全体の貢献額の20%ぐらいで、残りの70%ぐらいは、ニホンミツバチを含む野生の昆虫や鳥です。人知れず野生の昆虫たちは作物を受粉してくれている、それはすごく有り難いことですね。
真貝 今、藤原さんがおっしゃったように、私たちもいつもミツバチの講座をやる時に、「受粉で役に立っているのはミツバチだけではないんですよ」と必ずトークの随所に入れるようにしています。ミツバチは大事だけれど、私たちがミツバチを通して言いたいのはそれだけではないんだと。
藤原 本当にそうですね。でもやはりハチミツが採れるというので話がしやすいし、皆さんの興味を引きやすい生き物であるのは確かですね。
養蜂家の方々はミツバチのことを「天与の生き物」と言います。ハチミツだけではなく、ローヤルゼリーやプロポリス、蜜蠟や花粉、蜂の子や蜂毒もすべて利用できる。ハチミツからはミードという世界最古と言われるお酒もできます。あんな小さな、1.5センチぐらいの働きバチの体で素晴らしい多様な生産物を作るわけですから、本当にすごいなと。感謝と尊敬の念を持っています。
私が幸せな気持ちになるのは、花粉だんごを持って帰ってくる働き蜂を見ている時です。その花粉を幼虫が食べて育ち、花粉からローヤルゼリーが作られて女王蜂の食べ物となり、次世代の女王蜂も生み出される。そんなふうに未来へのつながりがあります。
また、花粉を集めることで様々な植物の花を受粉し実をならせ、多くの生き物の糧となるという広がりや循環もあり、時空を超えた豊かさを感じるんです。
真貝 私もそうです。花によって花粉の色が違ったりとてもきれいです。あんなに大きな花粉だんごを体に付けてきて、お尻を振りながらよたよたの状況で巣箱の前にドテッと着地して。ああ、よく頑張ったんだね、と撫でてあげたい(笑)。
ある養蜂家の方が、「いや、あいつら人間より賢いで。人間は一生かかっても、あいつらのことは分からん」とおっしゃっていました。
都会でミツバチを飼う
中村 都会でミツバチを飼うことが盛んになっていますね。これも藤原養蜂場が銀座で始めたのがきっかけだそうですね。
藤原 実は、藤原養蜂場では2000年から皇居の近くにあるビルで屋上養蜂をやっていました。そのビルが手狭になって別のビルを探していた時に、後の銀座ミツバチプロジェクトの理事長の方から、「このビル、使ってもいいよ」と言われたんですが、夫が「教えるから、やってみれば」と養蜂の指導をして、2006年から銀座の人たちが始めたのが銀座ミツバチプロジェクトです。今は皆さん養蜂の技術も上がって、何カ所かで年間約1トンほどハチミツを採っているようです。
銀座は老舗や百貨店が多く、採れたハチミツでおいしいお菓子やお料理、お酒を開発、販売し、とても賑やかに活動しています。今、銀座のビルの屋上は、田んぼや菜園、お花畑になっていて、これもミツバチが来たことでそうなったんです。また、銀座は皇居や浜離宮も近いし、周りは公園が多い。そうすると草花や、街路樹のユリノキ、マロニエといった花からたくさん蜜を採ってきます。
思いもしなかったような量が採れているので、たくさん花があるということですね。
このようなミツバチプロジェクトは全国に広がり、今は100カ所ほどで行われているようです。
真貝 今後、中等部でもハチミツが採れるようになれば、ブランドになりますね。
中村 そうですね。三田のハチミツとか、ペンマークを付けて出せたらいいかもしれないですね。中等部の周りにはオーストラリア大使館やイタリア大使館、ハンガリー大使館など、セイヨウミツバチの本場の国々の大使館が多数あるので、もしかしたらその中でも養蜂をやっているかもしれないし、将来的には協力ができないかなと夢見ています。
ミツバチと共に生きる未来
真貝 ミツバチに関わってから、「蜂友」ではないですけど、知り合いの方が増えて、人生が楽しくなりました。養蜂家の方だけではなくて農家の方や学校の先生やお医者さん、色々な方が趣味で飼っておられます。
先ほどアベリアのお花の例を中村さんが出されましたが、私もたくさんミツバチがとまっているのを見て、この花には蜜がなさそうと思っていたのにそんなにあるんだと再認識して、見るようになりました。だから街を歩いていても楽しくなりますね。
藤原 今、養蜂家は皆感じていると思うんですが、花の咲き方が明らかに変わってきています。例えばエゾエンゴサクという北国の花にはマルハナバチが受粉しに来ますが、ある年、花があまりにも早く咲きすぎて、ハチがまだ越冬から目覚めていなかったため、両者が出会えなかった。その結果、結実がすごく少ないということが起きたそうです。温暖化が進めば、このように共生関係が壊れるようなリスクもあります。
大切な蜜源・花粉源植物も減っているので、個人のお庭でも在来種の植物やハーブを植えていただければうれしいですね。
周りに広葉樹林があるソバ畑では、ソバの受粉率が上がるという研究があります。広葉樹林からニホンミツバチをはじめ、様々な受粉昆虫がやって来るからです。広葉樹林は、森のミツバチとも言われるニホンミツバチや昆虫たちの住処になったり、食べ物を提供したりする所ですから、増やしていけたらいいなと思います。
日本在来種みつばちの会でもそういった樹種を選んで、植樹を勧めています。
中村 そうですね。慶應義塾には全国に学校林が160ヘクタールほどあって、一番東が南三陸の志津川の森で、一番西が岡山の真庭にある落合の森です。一昨年、岡山に中等部の子どもたちを連れて行きました。向こうの林業をやっている方も、針葉樹ばかりではなくて広葉樹が大事なんだと言っていました。
ミツバチからスタートしましたが、この先、学校林のことにもつなげて子どもたちと一緒にやっていきたいと感じています。
真貝 同僚に森林の専門家がいて、最近、ミツバチに非常に興味を持って研究を進めています。というのは、林業関係者の方々に、蜜源植物に関する意識があまりないそうなんですね。例えばソヨゴという、ありふれた木があるのですが、森を暗くしてしまうような木だから、切ってもいいと思われているようですが、ソヨゴはいい蜜が採れるんです。今、彼女は地域に応じて、どういう樹種を植えていくと良い蜜源の森になる可能性があるかと研究しています。
また、銀座ミツバチプロジェクトは日本中に大きなインパクトを与えましたが、養蜂が盛んなオランダには「ビー・ハイウェイ」という言葉があります。屋上緑化をして花を植えていくとミツバチたちがハイウェイのように都会の中でもビルとビルとの間を行き来できるという考え方です。そういった考えがどんどん広まっていけば楽しいなと思います。
中村 本当に今日は貴重なお話をたくさん伺いました。有り難うございました。
(2021年4月13日、オンラインにより収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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