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【三人閑談】
ミツバチの不思議

2021/06/25

ミツバチから考える環境

中村 実際に飼い始めると生徒や先生方が「あそこにもいたよ」と言って、学校の内外でいろいろ見つけて報告してくれるので嬉しいです。

一番報告があったのが、アベリアという花のところでした。ツクバネウツギと言っていろいろな家の生垣や道路沿いの植栽にも使われている花です。そして、ミツバチを飼い始めてみると、学校の中にももっと花がほしいと思うようになるんです。そこで昨年からなるべく花期の長い花を植える取り組みをしています。

アベリアやレモンの苗木をたくさん買ってきて植えていますが、まずはとにかく花粉や蜜のある花をたくさん植えていきたいなと思っているんです。

真貝 以前養蜂家の方々に、「ミツバチから何を学びますか」というアンケートをとったことがありますが、まさに中村さんがおっしゃったように、ミツバチを飼うことによって皆が花を植え始めたり、今まで気付かなかった街路樹とか山の樹木の種類や花に気が付いたりするのですね。花だけでなく蝶のこと、農薬のことも考え、地球温暖化のことまで考えるようになるようです。

ミツバチかわいさからどんどん生態系全体に目が広がっていく。だから今、中等部でやられているように、ミツバチプロジェクトがどんどん日本でも広がっていくことは、教育上も大きな意味があり、重要なことではないかと思います。

ミツバチの持つ魅力はすごくて、先ほどのお話のように、最初は「刺すんじゃないの?」とおっしゃっていた方々がいつの間にかミツバチファンになっているんですよね。

中村 そうですね。人間では何とか耐えているような温暖化や環境変化の状況も、ハチの様子を見ていると、これはまずいのでは? と気づかされることもあります。

一時期、ハチたちが元気がない様子で、子どもたちがノートの上に乗せて「ハチさんが動かないんだけど」と見せてくれたことがありました。はじめは原因が分からなかったんですが、調べてみると、どうやら農薬が原因ではないかと。というのも、同じ頃にカメムシがたくさん、教室のサッシに止まっていたんです。もしかしたらカメムシ用の農薬が原因で弱ってしまったのではと。

藤原 藤原養蜂場でもミツバチの群れが全滅したり弱ったりするひどい農薬被害を受けたことがあります。セイヨウミツバチの場合、大体半径2~3キロの範囲を飛ぶのですが、その範囲内に、お米についたカメムシを退治するためにネオニコチノイド系農薬を撒いた田んぼがあったんです。この農薬は浸透性農薬なので植物体全体に行き渡ってしまう。昆虫や鳥類を激減させ、土や水などの環境にも悪影響を与える農薬です。

また農水省の調査では、ここ30年ぐらいで主な蜜源、例えばニセアカシアとかミカンなどが3分の1ぐらいに減っています。ハチは食べ物も住処もすべて花に頼って生きていますから、本当に由々しきことです。

さらにこの温暖化や気候変動も大変です。花が早く咲いたり、別々に咲いていた花が同時に咲いてしまったり、夏の猛暑時にニホンミツバチの巣が落ちてしまうことも多発しています。ハチは少しの風でも花から花へ飛ぶのに苦労するし、強い風では飛べません。ましてや最近の豪雨や台風では巣箱ごと流されます。このようにミツバチと植物と気候が複雑にかかわりあって養蜂は成り立ちますので、自然環境の変化は今後 ますます大変だなと思っています。

中村 本当に心配ですね。

ミツバチの行動

中村 ミツバチを飼い始めると、1日の行動が分かるようになりますね。朝、日の出とともに、巣箱から出ていく。日中は飛んでいったハチたちがどこにいるかは一人ではとても追えないのですが、時々子どもたちや用務員さんたちから「あ、ここにいたよ」と報告が来る。夏は体育館の屋上のプールのホースから出ている水を求めて周りを飛んでいたりします。

お昼過ぎになると一斉に巣の周りをワーッとたくさん飛んでいる。これは「時さわぎ」という、巣箱の位置や周辺の景色を覚えるための飛行訓練らしいのですが、それからまたどこかに飛んでいって、夜は帰ってきます。

藤原 大変記憶力のいい昆虫なんです。ニホンミツバチもセイヨウミツバチも、春から夏に羽化した成虫は大体1カ月で寿命が終わるんですよ。しかも、そのうちの半分ぐらいは巣の中での仕事なんです。掃除をしたり幼虫を育てたり、女王の世話をしたり、巣やハチミツをつくったり。

それが終わると、危険な外の仕事をするんですが、いきなり飛んでいってしまうと自分の巣の位置が分からなくて戻ってこられないんですね。巣の方を見ながらウァンウァンと周辺を飛ぶのは、外の仕事に行って戻って来るのに必要な巣箱の位置を覚えるための飛び方で、これは中村先生がおっしゃった「時さわぎ」です。オリエンテーションフライトとか定位飛行とも言いますが、そうしてから外に行って、花の蜜や花粉、水などを持ってくるわけですね。

真貝 藤原さんがおっしゃったように、ミツバチの働きバチのライフサイクルの中で、花の蜜を採りに行くのは本当にその生涯の最後の一時期なんです。そして、働きバチというと何かサラリーマンのようですけど、実は全部雌なんですね。

蜜を集めに行くだけでなく、花粉や水も集めるんです。花粉は幼虫に与えるタンパク質ということで必要だし、水も重要です。そういうことを知っていくと本当に興味深いです。

藤原さんのお話にあったように、ネオニコチノイド系農薬は葉の表面に付くだけではなくて植物内部に浸透するので、花にも茎にも葉にも残る。さらに土壌にも残ってしまうのが大きな問題です。その農薬が田んぼに撒かれた時、ミツバチが田んぼの水を飲みに行ったり、あぜ道のクローバーの花に行くと、農薬を浴びて大量死することがあります。(※ミツバチは吸水に加え、稲の開花時には花粉収集のため田んぼを訪れることがあります。また大量死に至らずとも、微量の農薬成分をとりこむ可能性があります。)

カメムシがお米ができる時に汁を吸うと、斑点米といって白いお米に点々ができるので、それを防ぐために農家の方は農薬を撒くんですが、今は色彩選別機があって、ちょっとでも斑点があればはじいてくれるので、斑点米が消費者に届くことはまずありません。ですから過剰な農薬散布は本当は要らないはずなのですが、お米の等級システム上、一等米基準の確保のために撒いてしまう。

だから、ミツバチのことを知ると、作物の受粉の昆虫の役割や、農業や、フードシステムの問題など、様々なことを学ぶこともできるのです。

自然に触れる教育

藤原 最近、子どもたちの虫嫌いが激しくなっているのを感じます。ある調査では虫嫌いの子どもの親は、やはり虫嫌いだそうです。お母さんが「虫なんか、触っちゃだめ」と言えば、子どもはもう絶対嫌いになってしまいますよね。保育者や親は「この花には何の虫が来るかな」と、一緒に観察してほしいです。そうでないと、世代を超えて虫嫌いの連鎖が続いてしまうと思います。ひいては、農薬が減らない遠因になってしまうかもしれません。

好きにならなくてもいいけれど、虫が普通にいるという状態を受け入れて生活できるような環境にしたい。

中村 本当にそうですね。今年、巣から雄バチが追い出されているのを見て、かわいそうだと思い、家に連れて帰ったんです。

雌の産卵管が変化して針になるので、雄バチは産卵管も針もないんですよね。うちの子どもたちも最初はハチを見て驚いていたのですが、「この子は針がないから刺さないよ」と言うと、実際にすぐに触るようになって、それからは公園に行ってもミツバチを探すようになっています。

僕はミツバチを中心に循環をつくりたいと思い、今ミミズコンポストを学校で取り入れているんです。最初はミミズと言うと、皆、気持ち悪がっていたんですが、実際に生ごみの野菜を入れてそれが液体肥料になって出てくるという循環を学んでいくと、分解者であるミミズにあまり嫌悪感を持たなくなる。

こういう姿をどんどん見せていかないといけないだろうなと日々感じています。

真貝 ミミズコンポストまでいくのはもう最先端ですよね。私も家に置きたいなと思いながら、まだ取り入れていないのですごいと思います。

藤原 素晴らしい活動ですね。私は10年間、藤原養蜂場で体験見学を担当して、小中学生から一般の方まで7千人ぐらいの方にミツバチの生態を体験していただいたのですが、体験の前後ではミツバチに対する気持ちが全然違うんです。

巣枠からハチミツを指で取ってなめたり、巣枠を持って重さや温かみを感じたり、羽音も聞いて五感で感じてもらいます。そうすると意識も変わってくる。「刺されなかったし、ミツバチってすごく大事な働きをしているんだ」と理解される。やはり実際に自然や生き物と触れ合うことはとても大切だと思います。

ニホンミツバチの自然巣(岩手県一関市)(撮影:藤原愛弓)
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