三田評論ONLINE

【三人閑談】
みんながヒーロー サイボーグ009

2020/12/11

リアルな世界を背景に描く

木下 004は、ファンクラブの間では、西ドイツの出身なのか、東ドイツの出身なのかと、皆がいろいろ自説を展開します。たぶん先生は細かい設定までしていない。

大越 東ではないんですか? 一緒に逃げるエピソードがあるじゃないですか。あれを見て、僕は東だと思っていたんですが。

木下 私も単純に東だと思ったのですが、もともと西の人が東に行った時に戻れなくなって彼女を見つけて、彼女を連れて西に戻りたいんじゃないかと説を唱える人もいて。

時代背景という意味では、008も当初は「奴隷商人から逃げた」という話でしたよね。子供の頃、奴隷商人って何だろうと思って。

切通 当時はもうアメリカにも奴隷制なんかないわけですが、その記憶が残存していて、まだ人買いみたいなことをする人たちがいてもおかしくないという想像が成り立つギリギリの頃につくられた話ですよね。

木下 今はああいった話を書こうとしても難しいかもしれません。社会情勢には直に触らないほうがいいという感じに漫画の世界がなってしまっている。だから今は、異世界に行っちゃった話のほうが簡単なんですよね。

異世界だったら、すべて「これは異世界だから、こういう話でいいんだ」となる。でも、『009』はあくまでもリアルな世界をベースにした話をつくっている。逆にそういう縛りがなかった時代だからこそできた作品かなと。

切通 そうですね。『009』は、かなり直球の設定が多くて、今だったら、ちょっとできないかもしれません。

でも、素朴に考えてみたら、007がイケメンに変身してモテる話がありましたが、「できないことをやりたい」みたいなものこそが直球の欲求ですよね。これを社会に広げて考えれば、人間として生きていて足りないものを、粉飾なく正直に掘り下げていたといえます。特に初期は世界情勢への迫り方を感じますよね。

名シーン、名セリフ

木下 すべての009漫画の作品タイトルごとに9人がどれくらい出てくるかという統計が009研究本にありまして、主人公なので009が当然トップなのですが、第2位はやはり004なんだそうです。そして、第3位が007。何にでも変身できるところが強いのかもしれません。

大越 007は、ちょっとメタキャラ的というか、ジョークを言ったり、なごませ役でもありますから。

切通 最初の白黒アニメでは007が子供ですよね。でも、あれも変身能力で子供の姿になっているんではないかという説もあります(笑)。

僕も白黒のアニメで『009』に最初に触れた世代ですが、基本的に1話完結。題材も反戦を強く訴えたり、子供番組の中でシリアス劇を展開していた。人間が信用できない心理や、復讐劇、サイボーグになった青年と少女の悲劇とか。

木下 結構シリアスでしたよね。悪いやつが徹底的に悪くて、それをやっつけるというだけではない。

大越 シンプルな勧善懲悪ではないと。

木下 それこそ、映像の中に広島の原爆ドームが出てきたりする。原爆の碑に書かれている「過ちは繰返しませぬから」という文がちゃんと画面に出てくる。あれを子供番組でやってしまうところがすごい。

切通 現実とコミットしていく原作の姿勢を、最初のシリーズは強く出していましたよね。

木下 それはたぶん脚本の辻真先先生の力が大きかったんじゃないかなと思いますね。

切通 そうですね。最終回も、「ヨミ編」の最後のテレビ流のアレンジとも取れるやり方でしたね。

木下 「ヨミ編」の、俗に「どこ落ち」って私たちは言うんですけど、宇宙空間でブラック・ゴーストを倒して地球に落ちていく009を002が救助に向かうものの、燃料が尽きて2人で燃えながら落ちて行く、あのラストシーンはファンの心を打つんです。2001年の3度目のテレビシリーズ(平成版)でも最後に「ヨミ編」をやってくれました。あれは、私は何回見ても泣ける名シーンです。

メインのキャラクターでもない市井の姉弟が、物干し台の上で外を見ていて、燃えながら落ちてくるジョーたちが流れ星に見えて、弟が願い事で「おもちゃのライフル銃が欲しい」と言ったら、姉が「世界に戦争がなくなりますように! 世界中の人が平和で仲良く暮らせますようにって祈ったわ」と言う。あれは名セリフとして、たぶん皆の心の中に残っているのではないかと思うんです。

平成版のアニメは、「ヨミ編」も「ミュートス・サイボーグ編」も映像化してくれました。やっぱり、「ミュートス・サイボーグ編」の「あとは勇気だけだ!」というセリフがかっこいいんですよ。そこらへんで女性ファンは刺さるんですよ(笑)。

大越 ミュートス・サイボーグのほうがみんな能力的には上で、「おまえの能力は、まさか加速装置だけとは言わないよな」と言う問いに対し、009が「あとは勇気だけだ!」と言う。あれですね。

影を背負うキャラクター

切通 今回読み返しても、「あ、これ、後のいろいろな漫画の源流になってる描写だな」と思うようなところは結構ありましたね。

木下 昔は、今のように漫画の量がなかったので、たぶんあの時代に漫画を好きで読んでいる人は皆、目にしているのでしょうね。

切通 共有体験ですね。テレビも当時だと、5時台はアニメか特撮の再放送、ゴールデンタイムの7時台は新作。ビデオのない時代ですから、もう皆、リアルタイムで見ていましたからね。

大越 『009』はやっぱりマフラーが特徴ですよね。石ノ森先生の作品は『仮面ライダー』もマフラーをしていますし。

木下 だいたい先生の描くものはマフラーかマントかを着ている。『ゴレンジャー』もそう。やっぱり絵的にかっこいいんですね。

切通 本当は戦う時、邪魔なんでしょうね(笑)。

木下 どう考えても(笑)。マフラーも、ファンの間では、あれは1本なのか2本なのか話題になったんです。『RE:CYBORG』の時には、監督は本当はマフラー2本にしたかったけれど、CGにすると大変なので1本にしたとおっしゃっていました。2つなびかせるのは大変らしくて(笑)。

大越 でも、マフラーがあると、動いた時のスピード感が出ますよね。風を切っている感じが。

『009』って、デザインとかは変わっていますが、基本的にそれぞれの能力の部分とキャラクターは50年前とまったく変わらないですね。

木下 あれだけ変わらないのは、他に『ルパン』ぐらいではないですか。あと、意外と『妖怪人間ベム』が根強い人気なんですよ。

大越 そうなんですか。

木下 やっぱりちょっと変わったキャラクターのほうが長続きするんですね。あと、日本人は影を背負っている人が好きなんだと思います。妖怪人間だって、「早く人間になりたい」って影を背負っている。

切通 00ナンバーサイボーグの場合は全員、事情も違う影を。

木下 石ノ森先生、影を背負うキャラクターが好きなんですよね。天真爛漫なヒーローって、あまり描かないんじゃないかな。

大越 004は左右非対称ですが、『キカイダー』もそうですよね。あの当時は、ロボット、合体アニメもいろいろあったんですが、左右非対称が格好いいんですよ。

木下 『六神合体ゴッドマーズ』とか。

大越 そうですね。石ノ森先生の原作ではありませんが、『ゴッドマーズ』も右足と左足、右手と左手で色が違うとか、面白みを感じますね。

木下 石ノ森先生が先取りして、普通の人が考えないようなアイデアを出している。

とにかく作品がとんでもない数です。石ノ森先生が絵を描くのを見ていると、速さが本当にすごいんです。サササッて描いて、それでいてちゃんと構図が取れている。やっぱり絵を描く才能がピカイチだったなって思います。ジョーなんか、頭の角から描くんですよ。それでいてちゃんと描けてしまう。普通、顔の輪郭とかから描くじゃないですか。石ノ森先生はサラッと描いても独特のニュアンスがでるんです。

大越 今回79年のアニメを見返して、あの当時のアニメの温かい描写は、今のデジタルで描かれたアニメとは全然違うと感じました。山小屋で暖炉があって、火の影が009に当たってその火が揺れるシーンがあるのですが、よくこんなに手間をかけてやっていたなと、あらためて感じましたね。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事