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【三人閑談】
日本のジーンズ

2018/06/26

エシカルな消費へ

佐伯 今、世界でジーンズは20〜23億着くらい生産、販売されています。これはアウターウェアとしてはおそらくナンバーワンですね。それだけに、綿花栽培、織物づくり、染色、縫製、販売、物流など、すべての規模が大きい。ですから、その社会的影響もものすごく大きいんですね。

農薬の被害で作業する農民が苦しんでいるとか、大量に水を使うために湖が干上がってしまったとか、染料が川や湖を汚しているとか。また、バングラデシュの縫製工場では、崩落事故があり、安い賃金で働いていた女性が数百人亡くなりました。そのとき、欧米の人たちが騒いで、俺たちが着ているジーンズは、そういう工場で劣悪な労働環境で働いている女性たちが作っているんだ、これを喜んで穿いていていいのだろうか、というムーブメントを起こしました。

マークス まさに、そういう問題があるからこそ、日本のデニムが注目されている面があると思います。

「キャピタル」という岡山・児島のブランドがありますが、あれは、日本のデニムを児島の工場で作っているというストーリーを売りにしています。日本のブランドはどこで作られているか分かるから信用できるものになっている。そして、職人が作っているものを買いたい、身に付けたいという傾向もあります。エルメスの鞄がこの工場で職人によって作られている、というのと同じですね。

日本のブランドはうまくストーリーを作っていて、日本のデニム工場はロボットばかりなのに、イメージとしては年老いた職人が昔の織機で苦労しながらこつこつ作っているという感じを出しています(笑)。

道家 最近、40代以上の女性を対象としたファッション誌で、「知的な女の人は何を着ているか」という特集がありました。やはりオーガニックの食品にみられるように、みんな出所が分かるものを買いたいんですね。

そして洋服も、不当な労働状況で働いている人が作ったものを3,900円で買ってうれしいのか。もっとエシカル(ethical)な購買をしたいということで、少しずつ変わってきているんだと思います。

また、子供服作りの現場にいると、どうしても安いものを作らざるを得ないところもあるのですが、その雑誌には、「もう無駄な消費を促すような、無駄なデザインは起こさないでほしい」という言葉があって、グサッときました。デザイナーも、無駄なものはもう作ってはいけないんですね。本当に意味のある仕事をしたい。もちろんビジネスではありますが、でもデザイナーの意識として、「無駄なものを作らない」というのは心していきたいと思います。

佐伯 リーバイスが501のキャンペーンで、「noragi(野良着)」と言うのを出しました。日本のお百姓さんが着ていたような、継ぎ接ぎをデニムで再現しているんです。これも日本的な感覚というか、そういう時代になってきたなという感じがしますね。

マークス 「ボロ」という言葉も、今は結構英語として通じますね。

佐伯 エシカルという言葉は、直訳すれば「倫理的な」といったところですが、トレーサビリティ(追跡可能性)、サステイナビリティ(持続可能性)そして、フェアトレード(公正な価格・条件での取り引き)という、いろいろな意味が込められていると思います。まさにこのエシカルを実現できるのがジーンズだと思います。

「ストーリー」としての魅力

佐伯 ジーンズに関する最新技術としては、レーザー加工と言って、縫い上がったジーパンを1000度のレーザービームでワーッと焼く。それで色落ち感を出すことができます。この方法だと、水や薬品を使わないから環境にやさしいんです。

また、ロボットが生地をこすって、擦れた感じを出すというのも一般的に行われています。そして、縫製の完全自動化も研究が始まっています。つまり、布を入れたら製品として出てくるというものですね。

マークス アメリカのジーンズメーカーは戦後、どんどんコストを下げて、クオリティが悪くなってダサくなってしまいました。日本のジーンズブランドは、そのクオリティをすごく大事にしています。だから、本格的なジーパンが残っているのは、本当に世界で日本だけです。

これはジーンズに限ったことではなくて、たぶんイタリアのナポリのピザも、日本で食べたほうがおいしい(笑)。日本の文化は、「ゲイシャ」「フジヤマ」「スシ」みたいなイメージが今でもあるかもしれませんが、もう一つ、西洋が作り上げた近代の文化が、まだ日本には残っています。そして、これは実は今、日本にしか残っていない。

佐伯 さっき紹介した技術では、例えば木村拓哉さんの穿いたジーンズのシワを再現したジーンズも作れるんです。

このように、アナログな雰囲気や効果を、最新のデジタルな技術でやる。これが日本がこれから進む道かなと思います。その実力を、日本は十分に持っている。

道家 まさにその手仕事感というところは、日本の強みだと思います。ただ、日本は賃金が高いし、縫製の人もどんどん辞めていっています。工場で60代なんて若いほうですよね。倉敷の工場に行っても、70代の方が現役だったりします。ですから、自動化の技術も取り入れながら、価値のあるものを作り出せる日本の企画力、デザイン力を、もっとアピールしていけたらなと思います。

ファストファッションには価格では太刀打ちできないので、今日お話があったような、対価を払ってもいいと感じるような「ストーリー」を、もっと日本のユーザーにも発信しないといけないと改めて感じました。

佐伯 現在、ジーンズの需要は横ばいからやや減り気味のところにあります。ジーンズが普及し出した1970年代の若者は、ジーンズファッションに対してものすごく熱意があってうんちくもあったんですが、最近それが薄れているので、何とかそれを復活させたいですね。

ちなみに、福澤先生がもし生きておられたら、ジーンズを穿かれていたんじゃないかと思うんです(笑)。先生の肖像画は着流し姿ですが、堅苦しい侍の服は封建制度の象徴だということで嫌われた。自由な服がお好きだったわけで、その意味では、ジーンズがあったら「おい、ちょっと穿かせてくれ」とおっしゃったんじゃないかなあ。

道家 なるほど、そうかもしれませんね(笑)。


※所属・職名等は当時のものです。

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