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【三人閑談】
日本のジーンズ

2018/06/26

女性にとってのジーンズ

道家 デザイナーの立場からすると、ジーンズはすごく手っ取り早くおしゃれになれるものとして、大手アパレルも開発をしていたと思います。私は2000年代にセリーヌとかバーバリーの子供服をやっていたのですが、ライセンサーからも、ジーニング(デニムの要素)を必ず入れるようにというアドバイスは来ていました。

つまり、ややもすると日本人のファッションは、生真面目で堅苦しくなってしまう。やはりちょっと遊びとか、何か少し反体制的な、くすぐりの部分がほしい、ということだと思います。

それでジーニングをファッションとして取り入れるようにしていたのですが、2000年代、2010年代と時が進むにつれて、婦人服でも、デニムを着ておけばなんとかなる、というような、結構表層的なものになってきてしまったように感じています。

手っ取り早くデニムを手段として使うだけではなくて、日本人のジーンズファッションも、もっといろいろ発信していけることがあるんじゃないかと思いました。

佐伯 僕もレディースジーンズを30年ぐらい見てきていますが、70年代には裾の広がったヒッピースタイルのジーンズがあって、そのうちにカルバン・クラインとかのデザイナージーンズがありましたね。細身でホテルにも入っていけるもの。それからやっとレディースジーンズが市民権を得て、しばらくしたらカラージーンズが出てきた。

日本では「脚長ジーンズ」という言葉がありますね。体のラインにぴったり合うような、ストレッチも入っているものです。スタイルよく見せたいという女性の美容願望とうまく結びついてマーケティングできたわけです。ですから、メンズのこだわりと少し違いますけど、レディースの「自分を美しく見せたい」「健康に見せたい」という気持ちと、ジーンズとのつながりは大事にしていきたいなと思っています。

道家 私も、20代のときと同じサイズのデニムを穿くのがテーマになっています。デニムは結構正直ですから、なかなか大変ではあります(笑)。けれども、白いTシャツとブルージーンズを着て表に出られるおばあさんになりたいという願望があります。自分のインチをちゃんとキープして、そしてストレッチでごまかさないようにしたいですね(笑)。

佐伯 今ジーンズ業界のキャンペーンとしては、ジーンズを穿くことによって、自分の体を変えようということをやっています。お腹が出っ張らないようにとか、運動してきびきび動こうというイメージをつくろうとしています。

マークス やはり、ジーパンの社会的な役割が変わったということなのだと思います。特に女性の場合、501とか赤耳といった話からずいぶん遠いようなジーパンが流行っている。

一方で、ジーパンマニアの人、昔からの文化を続けたいと思っている人もまだたくさんいます。もちろんアメリカやヨーロッパにはそういう人がいますが、一番びっくりしたのはタイとインドネシア。インドネシアは、日本より蒸し暑いじゃないですか。でも、インドネシアの男性は20オンスくらいある、ものすごく分厚いジーパンが好きです。赤道直下でも、そういう文化が流行っているんです。 つまり、合理的だから穿いているのではないし、流行っているから穿くというのともちょっと違う。いわば「物語がある洋服」として、ジーパンはまだものすごく強いと思います。昔だったら、朝起きて何も考えたくないから自動的にジーパンを穿いていたのが、今はそうではなくなったんですね。

現代アメリカとジーンズ

道家 アメリカでは今、ジーンズはどういう位置づけにあるのでしょうか。

マークス もちろん、今でも普段着的な存在ではありますが、その一方で、ファッションに敏感な男性たちのものにもなっています。

10年ぐらい前から、アメリカでいろいろなインディーズデニムブランドが出てきました。デニム自体はたぶんほとんど日本製のものですが、ブランドとしては、全然大衆向けではありません。むしろ、大衆向けにはなりたくない、というスタンスのブランドが出てきています。

佐伯 そういうブランドがファッションリーダーとして先導しているんでしょうか。

マークス そういう流れは、今なくなりつつあるような気がしているんですよ。

「冷戦」「内戦」という言葉がありますが、今のアメリカは、いわば「冷内戦」みたいな状態にあります。例えば、トランプ派と反トランプ派が本当に内戦になりそうなくらいに対立している。ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスにいるエリートたちはたぶんジーパンが好きで、日本のデニムも好きです。でも、その人たちは、アメリカの中央部にいるトランプ派の人たちに全く影響力を持っていない。逆に、「あいつらが穿いているんなら絶対に穿かない」というような感じですね。

道家 アップルのスティーブ・ジョブズのような、ノームコア(normal+core=「極めて普通の格好」を指すスタイル)というファッションスタイルがあったりして、IT系の人たちとかは結構デニムが好きなんだろうなと思っていました。

マークス そうですね。そういう人たちの中で、だんだんと日本のデニムがいいと分かっている人の数が増えてきている気がします。

ハイテク技術で古さを出す

マークス 2005、6年ぐらいから、インターネット上で「デニムの色落ちがどう」といったことを、アメリカでも言い出す人が出てきました。実は、英語にはその言葉がなくて、「tateochi(縦落ち)」という日本語がそのまま英語でも通じるようになっています。

佐伯 縦落ちというのは、縦糸に太さのムラがあって、こすると白がまだらになる、それが素晴らしいという感覚ですね。

道家 そういうムラがあるものは、本来は価値がなかったんですね。

マークス ムラ糸も、日本のジーンズにしか出てこない話だと思います。80年代、クラボウ(倉敷紡績)が、わざとムラがある「ムラ糸」を開発しました。その作り方もハイテクで、きちんとムラの出方をプログラミングして作っています。今の日本のデニム工場に行くと、人間がほとんどいなくて、ほぼロボットが作っています。

最新鋭の大きなハイテク機材がたくさん動いていて、それで50年代の昔の古いデニムみたいな糸を作っている。この、ハイテクで古いものを作るというのは、まさに日本的な考え方じゃないかと思います。

佐伯 そのハイテクの裏には伝統があって、和服の着物の膨れ織りとか、まだら織りとか、かすりとか、均一ではないものも意味がある、という感覚ですね。

大ざっぱに言えば、西洋の方は均一な、真っ平らなほうがいいと思っている文化だと思います。リーバイスでも、アメリカの人はまっさらなものとか、ちょっとお湯だけ通したノン・ウォッシュのものを穿いていたんですよ。戦後、貿易が自由化されて、日本にも新しい生地の新品デニムがアメリカから入ってきましたが、それはゴワゴワで穿けない。それで、岡山の連中は洗濯機で洗うことを始めました。ついでに穴もあいたりして。

足の付け根あたりに筋状に色が落ちるのをヒゲと言いますが、あれも日本人が言い始めた。もっと前にイタリアの人もやっているのですが、アメリカに売り込んだり、ビジネスにしたのは日本の岡山です。

マークス クラボウのムラ糸は、最初日本のブランドではなく、フランスのブランドに売ったんですよね。

まずフランス人が501をすごくいいと思って、501のパクリみたいなものを作った。そういうフランスの501を見て、日本でも男性向けファッション雑誌で「フランス人が501を穿いているよ」みたいなことが話題になりました。だから、501はまずフランスと日本で注目されて、アメリカ人は特に何とも思っていなかった。普通だと思っていたのですが、でもそれは84年に501のキャンペーンをまたやって、それでまたアメリカ人も501が一番本格的なジーパンだと分かって、それが世界の潮流になりました。

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