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友成 晋也:アフリカで野球を通じての人材育成に尽力

2025/11/07

アフリカで学んだ野球の3つのチカラ

──アフリカで学んだ「野球の3つのチカラ」ということで、「民主主義を広めるチカラ」「人を育てるチカラ」「平和を創るチカラ」を言われていますね。

友成 ちょうどガーナに行き3年ほど経った頃、少年野球大会が行われました。その時、楽しそうにやっている12歳ぐらいの子に「君、野球のどんなところが好きなの?」と聞きました。

すると「僕はバッターボックスが楽しいんだ。バッターボックスに立つと、皆が自分だけを応援してくれる。ヒットを打ったらヒーローになれる。そのバッターボックスは、皆に平等に順番が回ってきて野球は民主的だから、僕は好きなんだ」と言われた。民主的だから野球が好きという子どもが、果たして日本にいますか。初めて聞いた言葉でした。この話は私のアフリカ野球30年の原点です。

私はそれまでにガーナの貧困の現場をたくさん見ていました。その中で子どもたちは、平等にチャンスを与えられない社会にいるのです。金持ちの子は病院に行けるし、学校教育を受けられる。でも貧乏な子は学校もドロップアウトし、親を助けて仕事をしなければいけない子がたくさんいる。でも金持ちの子でも貧乏な子でもグラウンドに来たら、皆平等に順番でヒーローになれるチャンスが与えられる。

実はそれまでガーナで野球を教えているのは自分がたまたま大学まで野球をやっていて、好きだから教えている、自分のエゴではないかと、少し引け目に感じていたところがあったのです。それがその少年の言葉で僕は報われた。いや、報われたどころか、この厳しい環境に生きる子どもたちにこそ、野球というスポーツが必要ではないかと思わせてくれました。

──なるほどいいお話ですね。

友成 JICAでの最後の赴任地、南スーダンは半世紀にわたり人類史上最長の内戦が続いた国です。64の民族がいて、ヌエル族、ディンカ族という2大勢力が争っています。

南スーダンで野球道具を持って地元ジュバ大学の学生に「キャッチボールをやろうぜ」と言いました。これが南スーダンでの野球の始まりです。「また来週やろう」と言って、毎週日曜日に来るようになると、壁の割れ目から覗いていた子どもたちが、壁をよじ登って入ってきて、30人、40人になってくる。「じゃあ、野球教室をやろうか」と、野球教室が始まります。

それを知った学校の先生たちが見に来ます。「これは規律・尊重・正義を学べるスポーツです」と言うと、「それは素晴らしい。うちの学校に野球クラブをつくってくれ」と、野球クラブチームが広がっていきました。

するとその評判が教育関係者に広がり「規律・尊重・正義の価値を育んだ若者たちが南スーダンの未来を平和にするに違いない。このベースボールというスポーツをナショナルスポーツにしよう」と言い始め、南スーダン野球連盟が立ち上がります。その時の会長は第二勢力のヌエル族で事務局長は第一勢力のディンカ族でした。野球を通じて、いがみ合っている民族が手を組み、未来の平和を創るために野球連盟を立ち上げた。その経験に感動し、野球には「平和を創るチカラ」がある、と実感しました。

南スーダン野球教室

人材育成のツールとしての野球

──そして、J-ABS(アフリカ野球・ソフト振興機構)を立ち上げられるわけですが、JICAを退職されるきっかけは何かあるのですか。

友成 J-ABSを立ち上げるにあたり、その理念に共感してもらえるインフルエンサー的な人が必要なのではないかと考え、それは松井秀喜さんしかいない、と思ったんです。

それで、彼の側近だった広岡勲さんにアプローチをしようと思いました。広岡さんは報知新聞の記者でしたが、松井さんが大リーグに挑戦する際、頼まれて一緒にアメリカに行った方です。その時、広岡さんは某大手新聞に栄転することが決まっていたのを辞退し、給料が激減するにもかかわらず、ニューヨーク・ヤンキースの広報課に転職します。こんな覚悟のある人には、JICAを辞めるぐらいの覚悟を見せなければと思いました。

その思いが伝わり、「そこまでの覚悟があるなら松井に伝えます」と。すると松井さんもとても関心を示してくれて「何か自分にふさわしいポジションをつくってください」と言われ、「エグゼクティブ・ドリームパートナー」に就任していただきました。

──J-ABSの活動の特色はどういったところでしょうか。

友成 J-ABSの活動は、それまでの野球の普及活動と違い、野球を人材育成のツールと位置づけていることです。野球は目的ではなく、手段とし、その活動を、「アフリカ55甲子園プロジェクト」と称しています。55は、アフリカの54の国と1つの地域の総数を指し、甲子園は人材育成を大切にする日本の野球文化の象徴で、日本の人づくり野球文化をアフリカ中に伝えていくプロジェクトです。

では、それをどう伝えていくか。それが「ベースボーラーシップⓇ教育」というスキームです。テキストブックをつくり、55のテーマと指導方法が英文と仏文で書かれています。日本式の野球のあり方、「規律・尊重・正義」、礼儀正しく、チームワーク、思いやり、リスペクトの精神を野球の指導を通じてどのように育むかなど、私のアフリカでの指導経験をまとめたものです。

そして、アフリカ各国で「甲子園大会」を行い、皆が真剣に取り組む環境をつくった上でベースボーラーシップを発揮する場をつくっていきます。

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