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南郷 市兵:学校教育から福島復興の舵取り役を担う

2025/01/16

震災の記憶をいかに継承するか

──震災から13年が経ち、現在は時期的な転換点のようにも思えます。南郷さんは今の時期をどう捉えていますか。

南郷 最も難しい局面に差しかかっていると思います。ふたば未来学園をつくった時、教員や子どもたちとは、20年後くらいに世界が福島以上に大きな厄災に見舞われる危機も想定しなければという話をしていました。そして、そのような不確実な未来でも持続可能な社会を実現するためにどんな力を身に付けるべきかを考えてきました。

ところが現実はコロナ禍や世界各地の紛争、能登の地震や豪雨被害が予想を上回るスピードで起こっています。その中でも今、双葉郡では復興工事で建物解体が進み、原子力災害の被害が見えなくなりつつあります。

──震災を直接体験していない世代への伝承も大きな課題になってきますね。

南郷 そのとおりです。大熊町にはさまざまな世代が住んでいますが、震災がかすかに記憶にある現在の中高校生や震災後に生まれた子たちに必要なのは、大熊や世界の課題と自分の生き方を重ね合わせて考える機会です。実際に課題に直面している方と出会ったり、先人の背中に触れたりすることで、自らの生き方を考える。実社会の課題解決に子どもたちが挑戦する意義はそこにあると思うのです。その意味でも、子どもを学校や教室に閉じ込めないことが大事です。

演劇が教育に資する力

──南郷さんは積極的に演劇教育を取り入れています。これには何かきっかけがあったのでしょうか。

南郷 大きな影響を受けたのは、SFC時代の恩師だった鈴木寛先生です。鈴木先生からは教育における演劇の重要性を学びました。先生も学生時代に演劇をやっておられ、劇作家の平田オリザ先生とも親交が深く、私も震災後平田先生と連携して、東北各地の教育復興に演劇を取り入れてきました。

──演劇には役を演じることで他者の立場を理解する効果があります。被災者にとって互いの考えを学ぶ機会にもなったのではないでしょうか。

南郷 そうですね。私は演劇を通して2つのことが学べると考えています。1つは「共生社会の必須学力」。これは他者に成り代わって役を演じることで想像力を働かせ、他者に共感し物事を多面的に理解する力です。考えが異なる人も含め多様な他者と対話を重ね、共生をしていく上で大事です。

もう1つは「創造社会の必須学力」です。演劇が創造性を育むのに効果的なのは試行錯誤がしやすいところです。

演劇は言葉と身体で表現をするので、いろいろといじくり回す・・・・・・ことができます。これを「ティンカリング」と呼びますが、演劇は表現を試してみやすい。創造というのは試行錯誤の積み重ねがあり失敗も重ねることで思いもよらないブレイクスルーにつながります。

演劇を通じた試行錯誤は創造性の育成にとても有効で、海外でも教育に積極的に取り入れられています。

阪神・淡路ボランティアの衝撃

──阪神・淡路大震災のボランティアに参加されたお話がありました。どのような体験をされたのでしょうか。

南郷 当時、高校が試験休みの時期で、テレビからも大変な状況が窺われました。どんな人でも助けになると知り、長田区や灘区、東灘区などの区役所に電話をかけました。東灘区役所から「では来てください」と言ってもらうことができ、現地に駆けつけました。

建物が崩れた町の様子はリアルでしたが、本当にリアリティを持てたのは避難所で住民の方とお話をした時です。「何かできることはありますか?」と訊いて回ると、「あんたにできることなんかあるわけないやろ!」と怒鳴られた。とてもショックでした。

──他人から怒鳴られるなんて普通の高校生は滅多に体験しないでしょうね。

南郷 その時にこれは本気でやらなければと思いました。そこには目の前の人の痛みがあり、自分に何ができるかが問われました。この体験がなければ今の自分はありません。だからこそ、ふたば未来学園の高校生たちには、いろいろな機会に躊躇せず挑戦するよう言い続けてきました。

未来学園には、ニューヨークの国連本部で各国の職員と意見交換をしたり、ミュンヘン近郊のダッハウ収容所を訪れたりする研修プログラムがあります。これは福島を歴史的な文脈に位置づけるための教育の一環です。毎年希望者を募るため、私もできるだけ背中を押してあげてきました。

学校づくりから福島の未来を創る

──南郷さんにとって阪神・淡路の経験が転機になったように、生徒にも社会経験を積んでもらいたかったのですね。

南郷 そうです。神戸では、ある避難所ではおにぎりが余っているのに別の避難所では足りていないということがありました。ボランティアとして役場の人に訴えるわけですが、それは移動できない。行政やシステムは何のためにあるのか疑問を抱き、その課題意識がその後の探究につながりました。

慶應義塾がモットーとする「実学」はそういうことだと思うのです。私の手帳には福澤諭吉が遺した「慶應義塾の目的」の絵葉書をずっと挟んであります。福澤は塾生たちに「慶應義塾を単に一処の学塾として甘んずるを得ず。(中略)之を口に言うのみに非ず、躬行(きゅうこう)実践、以て全社会の先導者たらんことを欲する者なり。」と説いていました。これはすべての子どもたちが能動的市民として成長していく上で大事なことだと思います。

──最後に南郷さんにとってのこれからの夢を教えてください。

南郷 難しいですが、子どもたちの力で市民が参画する真の民主的な社会を作っていきたいという思いがあります。そのために遊びや学び、探究を個性化し、それぞれの子どもたちが潜在能力を最大限発揮できるよう育まなければいけません。討論で相手をねじ伏せる強さではなく、対話によってわかりあう共生社会の資質も必要です。

だから演劇も大事ですし、その学びを学校だけが担うのではなく、地域や保護者の方とも作っていきたい。学校づくりはまちづくりであり、未来創造の歩みそのものだと思うのです。

──貴重なお話を有り難うございました。これからのご活躍を楽しみにしています。

(2024年11月23日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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