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南郷 市兵:学校教育から福島復興の舵取り役を担う

2025/01/16

  • 南郷 市兵(なんごう いっぺい)

    大熊町立学び舎ゆめの森校長・園長
    塾員(2001総)。文部科学省等を経て、2015 年に福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校副校長着任。2023年より大熊町にて学校教育の復興を率いる。

  • インタビュアー橋口 勝利(はしぐち かつとし)

    慶應義塾大学経済学部教授

解決困難な課題を乗り越える力を

──福島第一原子力発電所の事故から12年を経た2023年に大熊町立学び舎(や)ゆめの森が開校し、同校の校長・園長に着任されました。まずはこの学校の特徴を教えてください。

南郷 福島県双葉郡大熊町は福島第一原子力発電所が立地している町です。2019年以降段階的に避難指示が解除され、2023年度にようやく町内で学校教育が再開されました。大熊町立学び舎ゆめの森(以下、ゆめの森)は認定こども園と義務教育学校等を一体にした教育の拠点となる施設です。

完璧な復興の青写真を描くのが難しい中で、子どもたちには解決困難な課題を乗り越える力を身に付けてほしいという思いから、ゆめの森ではプロジェクト型の探究学習や演劇の学習等を取り入れています。

──0歳から15歳が共に学ぶ場は例がありません。教育実践の現場ではどのようなことに力を入れているのでしょう。

南郷 原発事故以前の大熊町には保育所や幼稚園、小学校、中学校等、8つの教育施設がありました。これらを個別に再開することが困難な中で、教育を一体的に行うことのメリットを追究しています。

震災直後に策定した福島県双葉郡教育復興ビジョンでは、幼・小・中・高・大を一貫した考えで教育を展開することを掲げています。私も文部科学省の担当として策定に関わり、地元の方々や国、県で議論を重ねました。実際にやってみると、シームレスな学びはとても理に適っています。

知の拠点=図書館を校舎の中心に

──私も昨年、ゆめの森を訪問しましたが、校舎がとても開放的で、建物の中心に図書館があるのが印象的でした。

南郷 大熊町では震災前から読書に力を入れた教育に取り組んできました。新しい校舎の中央の吹抜けの図書館にもそれが現れています。

校舎の真ん中に本があることは、解のない課題に取り組むプロジェクト型の学びの鍵でもあります。子どもたちは試行錯誤を重ねる中で、独力では解決が難しい時に先人の英知に触れる必要があります。その時に本が近くにあることが大きな意味を持つのです。

幼児たちも絵本の世界からインスピレーションを得ます。子どもにとって絵本とは没入する世界である一方、実社会に飛び出してくるものでもあります。ファンタジーとリアルの境目が溶けていくことでいろいろなイメージが培われ、世の中を深く理解し、自らの中に世界を構成していきます。

「知」と「活動・遊び」を行き来できる環境づくりは教育の肝です。このことを私自身、慶應時代に湘南藤沢キャンパス(SFC)で実感しました。SFCには中央にメディアセンター(図書館)があり、実践重視のキャンパスにも、真ん中には知の拠点があったのです。

──ゆめの森の校舎は、他の教室にもアクセスしやすい作りになっています。これも意識的に計画されたものでしょうか。

南郷 家庭科室を家庭科の時間だけ使うのは時間割の都合に過ぎません。子どもたちは表現したいことがあれば図工室に、畑で野菜が穫れれば家庭科室に行きたいと考えます。活動の中で、さまざまな興味を伸ばせるようにしておくことは意図しました。

普通なら自由に触ってはいけないものとされる実験器具や楽器も、興味があればどんどん触ってほしい。子どもたちはどこから才能を発揮するかわかりませんので、たくさんのきっかけを与えられるような空間にしました。

図書館が中央に設けられたゆめの森の校舎内観
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