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南郷 市兵:学校教育から福島復興の舵取り役を担う
2025/01/16
SFCで培った教育観
──子どもたちがやりたいことを自発的に選べる空間ということですね。発想のきっかけはどこにあったのでしょう。
南郷 私自身が学びに能動的に向き合い始めたのは実社会と教科のつながりを実感できた時でした。最も大きかったのは高校1年生の時に参加した阪神・淡路大震災のボランティアです。この時に社会科で学んでいた課題と実社会で生じる問題がつながりました。
学問は、算数は算数、社会は社会の世界に閉じたものではなく、実社会に向き合い課題を解決していく時に教科の枠を超えた知となります。横断的に学べるSFCを選択したのもそうした実感からでした。
私は前任校のふたば未来学園中学校・高等学校に創設から関わり、副校長を務めました。これは双葉郡の教育復興ビジョン策定からの一連の仕事でした。未来学園を立ち上げる際に念頭にあったのもSFCです。実社会の解決困難な課題に、“未来からの留学生”たる子どもたちが立ち向かう姿を思い描きました。
子どもたちから学ぶこともたくさんあります。タブーや前例に囚われない力を教室から解き放つことで、大人も刺激や新たな発見を得て創造的な復興につながるという確信がありました。
──ゆめの森には南郷さん自身の教育に対する理想が結実し始めているのですね。
南郷 そうですね。教育復興ビジョンは、当時の大熊町の教育長が旗振り役となり双葉郡の八町村でつくったものです。そのビジョンとは、アクティブラーニングで地域の課題解決に子どもたちが参画すること。その実践的な学びが、地域の復興を後押しするような学びとの相乗効果を創出することです。ゆめの森もそのイメージを共有しています。
──ゆめの森の開校までにはどのようなご苦労があったのでしょうか。
南郷 逆風も機会と捉えてきたので苦労した記憶はあまりありません。子どもたちも大人の想定を超えた活動や学びを柔軟に生み出してくれています。
ゆめの森はチャイムもなければ制服もありません。教科ごとの授業はありますが、子どもたちは能動的に選択しています。時間がかかったのはむしろ大人のほうかもしれません。自発的な学びは一見遊んでいるようにも映るようで、当初は「授業をやっているのか」という誤解もありました。ですが、こうした教育のあり方は比較的早く地域に理解されたように思います。
来たるべき課題を先取りする教育
──今、町に子どもの姿が見えることの意味は大きいのではないかと思います。
南郷 ものすごく大きいと思います。震災から12年間、子どもがいない町でしたので。ゆめの森の開校時に、町に子どもたちの姿が見えた時は私にとっても衝撃的でした。
今まで大人が歯を食いしばって課題に向き合っていた町に子どもたちが遊んでいる風景が現れた。この変化は白黒写真がいきなりカラーに変わったようでした。未来というものが圧倒的な説得力で迫ってきた瞬間でした。
──そうした中でゆめの森の実践は、双葉地区全体の教育にとって1つの答えになり得るものでしょうか。
南郷 なり得ると思います。ゆめの森は教育復興ビジョンで目指したことへの思いきった挑戦でもありました。復興の課題はまだ解決していませんが、ここで踏み込んだ実践をやらないと未来が不確かなものになってしまう。
震災後、教育復興ビジョンを策定する際に、現場教員として議論し合ったメンバーが今各校の校長になっています。双葉郡の校長会で議論している今も、皆がそのような危機感をもって教育に取り組んでいるのがわかります。
──ふたば未来学園は教育方針に賛同する父兄が多く、生徒が全国から集まる学校でした。ゆめの森の教育と通ずるものはありますか。
南郷 ふたば未来学園はいろいろなリーダーを輩出することを目指した探究中心の学び舎でした。双葉郡の外から来る子と地元の子との間に相乗効果が生まれるのは望ましいことでしたが、ゆめの森はこれを目指しているわけではありません。
ゆめの森は初年度を26人の生徒でスタートし、現在は70人近くに増えましたが、ここでは、さまざまな事情から大熊町に住むことになった子どもたちが解決困難な課題を乗り越えて、自分たちにとって理想となる自由な社会を実現する力を身に付けてほしいと思っています。
ゆめの森の教育は公教育なので、大熊でしかできないことではなく、全国どこでも取り組むべきことが基本です。その意味で日本が抱えている教育の課題に先取りして取り組んでいると言えるかもしれません。
──それが結果的に日本の初等・中等教育に一石を投じるものになっているように思います。
南郷 文科省時代の先輩や仲間たちとは今も頻繁に議論していますが、そうした中で感じるのは国や有識者の先生、現場の教員も目指すべき変革の方向性は頭の中では共有しているということです。ですが、それを現場で実現するのが難しい。私が震災以降、一貫してやってきたのは、そうした課題と向き合った時に見えてくる解決策を実践し、形にすることでした。
ゆめの森では幼児教育と学校教育との接続、探究型の学びへの転換、ICTも活用した個別最適な学びへの転換、多様な子がそれぞれの潜在能力を発揮できるようなインクルーシブ教育システムの具現化など、全国で求められていることを徹底的に思い切った形で実践しています。インクルーシブとは障害の有無だけではなく、不登校の子たちも含め、誰もが取り残されずに活躍できる社会を作っていくことです。
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