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倉田 敬子:国立国会図書館長に就任して

2024/11/15

デジタル化の課題

──ここ数年、情報リテラシーということで、様々な人が親しめるようなデジタル基盤をつくり、それをどう利用してもらうかということが話題になっていますね。

倉田 当館には4700万点以上の所蔵があり、そのうち約418万点をデジタル化しています。利用者登録すれば、200万点を超えるものが館外からインターネットで見られるようになっています。

最初は明治期の刊行物から始まったので、見る方は専門家に限られていたと思いますが、現在1990年代後半までデジタル化が進み、身近なものまで「国立国会図書館デジタルコレクション」で読めるようになっています。

──デジタル化をしたことで情報基盤整備がかなり進んできているということですね。

倉田 2000年までに出た国内の図書を全部デジタル化する、という目標でしたが、目途はついてきました。ただ、ここからが難しいですね。

2000年以降に出版された本は、電子書籍もありますし、紙で出版されていてもデジタルデータを各出版社がお持ちの場合もあります。将来的にデジタルでの販売も想定されるとすると、NDLが納本された出版物をデジタル化し、提供することに対して、各出版社の懸念が強くなることが想像できます。

NDLは日本で刊行された出版物を網羅的に収集し保管する役割があります。紙の出版物の場合には、著者や出版社にも一定の理解を得て進めてこられましたが、紙とデジタルが入り混じる中で、デジタルを保管しその利活用を進める際に、出版社や書店の利益を阻害しない形でどう進めていくのかが大きな課題です。

──そのあたりが、学術情報流通の話とかなり違う部分ですね。

倉田 そうです。学術情報流通全体がオープンアクセスになることは、ほぼ決まったといって過言ではないと思いますが、一般の図書や新聞は違います。NDLは知の基盤の構築のために、全ての出版物を収集し、将来の利用のために永久に保管する必要があります。

これまでの紙の出版物の収集、保管に、デジタルな資料が加わったわけです。どのような形態であれ、将来の利用者のために、知の基盤を継承し維持していくことは、NDLとしての大きな使命だと思います。

──そこに例えば大学図書館とか公共図書館がどのようにNDLとかかわっていくのでしょうか。

倉田 公共図書館、特に都道府県立図書館などの大きな図書館とは今までも様々な協力関係があり、NDLにそれなりに期待されていると思います。

資料提供は別にして、大学図書館とはこれまで直接的な協力関係はあまりなかったように見えます。研究者や学生という利用者層を持つ大学図書館と、NDLはもう少し積極的な連携が模索できるのではないでしょうか。大学図書館関係者には多少知り合いもいるので、何かできないかと考えています。

情報技術の進展と変化する役割

──大いに期待しています。文化資源をどのようにアクセス可能にしていくかという大きなビジョンについて、特にこだわっていらっしゃることは何ですか。

倉田 文化資源へのアクセスのあり方については、新しい情報技術進展への対応は避けて通れないと強く感じます。今までは図書館は「物」という形で情報を集め、その「物」へのアクセスを保証してきたわけです。でも、今はアクセスという概念自体がもう変わっています。

紙の時代、情報にアクセスするためにはまず記録されているものを集めないといけなかった。しかし、情報がデジタルで流通している場合、アクセスが可能かという点では、必ずしもすべてを保管する必要がありません。極論すれば、「どこにあるか」を知っていればいい。そして、それが使える状態になっていればいいわけです。

これまでの図書館は所蔵することが力になっていました。所蔵数1万冊と5000万冊の図書館とでは歴然とした差がありましたが、アクセスできるかどうかだけの勝負になれば、両者が逆転する可能性もあるわけです。

生成AIやブロックチェーンに限らず、今後情報技術はどんどん発展してくると思います。デジタルなデータ全体がネットワーク化されていく中で、どのように信頼に足る知の基盤を使っていくのか。おそらく現状では想像できない世界に足を踏み入れることになると思います。

「物」をたくさん集めれば知的基盤になるという時代は終わったと思います。デジタルが進展していくという方向を見据えて今までの図書館の常識に縛られない形が必要だと思います。

──なるほど、そういうことですね。

倉田 NDLは今まで、網羅的に集めた出版物をすごく丁寧に整理して、1つ1つ積み重ねてきました。日本の全出版物に関する全国書誌を作成しているという気概とプライドを持っています。

──それがNDLの重要な役割ということですね。

倉田 そうです。それは重要な役割で、やめることはできない。全国書誌作成をやめるべきだと言っているのではなく、これまで通りに「きっちりやる」だけではなく、情報の多くがオープンになりネットワーク化され、デジタルが中心になる時代に向け、このままでいいのかと問い直さないといけない時期に来ていると思います。

現在の紙の資料に基づいたシステムを、デジタルで出版されるものの整理も含めた形で、どのようなシステムを構築していけるかは、簡単ではないですが、早い時期に考えていかないといけないのではと思います。

──もう1つ、NDLとして大事な役割が、そうした情報にアクセスしやすくすることだと思います。それを実現する国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)は最近かなり充実してきたように思います。

倉田 NDLサーチはNDLの紙の資料の所蔵だけでなく、デジタルコレクションやWARP(国立国会図書館インターネット資料収集保存事業)、さらには全国の公共図書館、大学図書館の所蔵も検索できるので便利になったと思います。信頼できる国内の情報の検索という意味では素晴らしいのですが、大学図書館のディスカバリーサービスのように、海外の論文等のデータベースの情報もまとめて検索できるわけではありません。国内に限っても、インターネットでアクセスできるものに関して、少し目配りが足りないと思っています。

例えば官公庁の報告書は、NDLサーチで紙版は出てきますが、官庁のウェブサイトで公開されているPDFは出てこないものもある。新しい技術をもっと積極的に使って何かできないのかとは思います。

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