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中村 萬壽/中村 時蔵/中村 梅枝:幼稚舎三代の歌舞伎俳優が同時襲名
2024/10/15
幼稚舎への想い
──お父さまから慶應に入れたいという思いは聞いたことがありますか。
萬壽 直ではないけれど聞いています。その頃は歌舞伎役者は暁星に行く子が多かったのです。うちの父も暁星でしたが、大学がないじゃないですか。父は大学に行かせたかったらしいんです。だから幼稚舎に受かったら、すごく喜んでいました。その割に私は大学も途中でやめてしまって申し訳なかった。
──慶應に入っていかがでしたか。
萬壽 実は結構、大先輩の歌舞伎役者が慶應出身者にいるのです。(五代目)中村富十郎さん、それに(七代目)尾上梅幸の叔父さんと(二代目)尾上九朗右衛門さんが2人とも幼稚舎でした。戸板康二先生の確か同級生です。
父は私の従兄弟が幼稚舎に行っていたこともあって受験させたようです。入ってみると、やはり慶應はいいじゃないですか。同級生も皆いい人が多いし、素晴らしい学校だと思う。時蔵も入ることができて、加藤さんのクラスで有り難かったです(笑)。
──時蔵さんはいかがですか。
時蔵 幼稚舎に通っている当時はわからなかったですが、自分の子どもを入学させて、幼稚舎で良かったことを思い出すと、やはり環境がよかったのかなと思います。幼稚舎は何をしても何となく許してくれるし。いろいろな方向に興味が向いていても、別にそれを誰も止めないし。
──よかったと思うから、息子にチャレンジさせるわけですね。
萬壽 それは当然ですよ。
──大晴君は学校、楽しいですか。
梅枝 はい。
──ちょっと間があったけど(笑)。また、襲名披露公演の祝幕がやはり幼稚舎出身の千住博さんのデザインでした。これはどういう経緯ですか。
萬壽 私と千住さんの共通の知り合いがいたんです。祝幕はいろいろな方が描いていらっしゃるのですが、千住さんの祝幕は見たことがないなと。どうだろうかと、人づてに聞いてもらったら、「やります」と言っていただいて。
祝幕は名前を入れなければいけないのです。あの絵に書いたら無粋だなと思ったんですが、余白のところに、ローマ字で「Manju、Tokizo、Baishi」と入れたいと相談したら、「いいですよ」と言われて。
──あの祝幕は、三代に対する祝幕なのですね。
女形としての矜持
──歌舞伎の方でよくテレビに出る方もいますけど、皆さんはそういうところに出ないで、歌舞伎一本で勝負しているじゃないですか。それは古典芸能を守る上で立派だなと思うのですが。
萬壽 やはり女形というのは特殊で、普段の様子をあまり見せないようにしているのです。だからテレビに出て、ホームドラマなどを演じると、イメージがどうかなと。テレビや映画に出ている人は、立役の方が多いですよね。
──なるほど、そうなのですね。でも、テレビでもっと稼ぎたいと思いませんか(笑)。
時蔵 思いますが、やはり女形のイメージはとても大事なので。テレビに行けば、変なことを要求されることもあるだろうし。それが常態化してしまうのは怖い。それが僕の女形にいい影響を与えるとは思わないのですね。
でも、子どもは全然テレビに出てもらっても構わないです。うちの奥さんはもうどんどん出てほしいと(笑)。
──化粧をしていると、街で会ってもわからないですか?
萬壽 特に女形は、素顔で歩いてもわからないことが多いです。
時蔵 でも、この間、大阪でラフな短パンにTシャツの格好でサングラスをかけて動物園に大晴と行ったら、「時蔵さんですよね」と話しかけられて、もう嫌だ、恥ずかしいと……。
──最後に、皆さんの目標を聞かせていただければと思います。
萬壽 私はもうこの歳なので、先輩たちから教わってきたことを息子とか下の代とかにもっと教えなければいけないと思っています。この頃、ビデオ映像がいっぱいあるので、それを見てやってしまう人がすごく多いのね。
私の若い頃は芝居を見に行き、先輩に教わりに行かなきゃいけない。教わりに行くと、楽しい思い出が多いのです。終わったら、ご飯に一緒に行き、そこでまた芝居の話をしてくれたり。そういうことがやはり財産になっているので、それを皆に伝えたいです。
私は子役の時から、親がいなかったけれど、松竹が育ててくれたので、その恩返しで、長生きして歌舞伎のために尽くしていきたいと思っています。
──時蔵さんは新しい時蔵を襲名して、これからの目標はどうですか。
時蔵 時蔵はやはり曾祖父、祖父、父と器ができ上がっていますので、その器になるべくたくさんのものを詰め込んで溢れさせられるような、充実した芸の修行をしていきたいと思います。
現代では古典ばかりやる役者が少なくなってきているので、僕たちでないとできないもの、僕たちでないと見せられないことがあると思っています。それを体現できるようになりたいです。
──大晴君は今後どんなことをやりたいですか。学校の勉強?
梅枝 勉強はいいかな。
──勉強はいいのね(笑)。今日は皆さん有り難うございました。今後の活躍に期待しています。
(2024年8月5日、三田キャンパス内にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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