【話題の人】
内田 伸哉:新しいエンタメを追究する"サラリーマジシャン"
2024/08/19
代表作〈iPadマジック〉の誕生
──大学卒業後は“サラリーマジシャン”として、映像とトリックを同期させる〈iPadマジック〉を2010年5月にいち早く発表し、話題となりました。現在はYouTubeやTikTokでもマジックを披露しています。デジタルツールを取り入れる魅力について聞かせてください。
内田 学生時代に感じたのは、より多くの人に面白いと思ってもらうことの難しさです。エンタメはメディアやツールを活用しないと広まらない。そう思ったのがiPadを使う一番のきっかけでした。
実はiPadの登場以前に、ブラウン管テレビを使ってマジックをやったことがありました。自分では画期的だと思ったのですが、これがあまり広がらなかったのです。この時、世の中はそれほどマジックに興味がないということに気が付きました。だとすれば、広がる仕組みをこちらからつくらなくてはならない。そう考えていた時に、YouTubeが普及し、iPadが登場しました。
そこでYouTubeで〈iPadマジック〉をやってみようと思い立ち、米国でiPadが発売されたタイミングですぐに入手したのです。日本のiPad発売日までにプログラムを組み立て、このコンテンツを当日、YouTubeにあげました。響きだけでも面白い上に、話題性もあってこれは広がるだろうとmixi等で拡散したところ、瞬く間に広がりました。
──〈iPadマジック〉はとても大きな反響がありました。日本発売日に動画をリリースする実行力もすごいです。
内田 実行力は大事だと思っていました。インターネットの時代は話題のサイクルが早く、iPad発売の翌日にはもう話題にならないくらいニュースの入れ替わりが早い。このコンテンツは当日公開しなければと思い、何とか間に合わせたのです。
そこには社会人になってからのスキルも関係しています。最初に入社した広告代理店の研修で、User Generated Contentという考え方を知りました。ユーザーがコンテンツをつくり、広がっていく仕組みのことです。これを自分もやってみようと思い、マジックのスキルを組み合わせてメディアマジックのようなものをつくってみました。
──内田さんは昔から入念に準備するタイプでした。最近はTikTokに活動の主戦場を移され、フォロワーは1,000万人以上、YouTubeの登録者数も260万人というから驚きです。
内田 最初の〈iPadマジック〉を2010年5月に公開し、2018年11月にiPad Proが発売されたタイミングで、〈iPadマジックPro〉というリニューアルコンテンツをアップしました。ですが、〈iPadマジック〉が当時YouTubeで500万回再生をしたのに、〈Pro〉は3万回足らずだった。
ところが、ツイッター(現X)では400万回再生、TikTokで100万回再生されたのです。これはメディアのノリが変わってきていると感じました。そこからTikTokに軸を移し動画を投稿し続けていった結果、インドネシアと米国を中心に、多くのユーザーに見てもらうことができました。先日フォロワー数が1,000万人を超えました。
──どうしてマジックにそれほどの多くの人が惹きつけられると思いますか?
内田 即席で、かつ言語を介さなくても楽しめるコンテンツであることが大きいと思います。生の舞台でやるマジックと、TikTokでやるマジックでは、ウケるものが違います。とくにTikTokは簡単であること、わかりやすくすぐにマジックが起こること、それに対するリアクションが大きいこと。この3つが大切です。この違いを発見したことで多くのフォロワーがついたと思います。
デジタル時代のマジックのゆくえ
──SNSのマジックは新しいものが次々と出てきています。今後どうなっていくと思いますか。
内田 リアルなマジックも、TikTokのマジックも、新しい形が広がっていくのではないかと思います。昔は口頭伝承だったり本を読んで学んだりしていたことが、今は動画サイトやネット上で知られるようになっています。これにより、今までにない表現がどんどん増えるでしょう。
一方で、新しいものが生まれるスピードが早すぎる感じもします。昔はジャグリングも3つボールから5つボールになるだけで衝撃的でしたが、5から7になり、7から9になるのは、3から5にいくよりも全然早かった。ルービックキューブも、私たちの学生時代は1分切るかどうかでしたが、今は5秒切るかというところまできています。皆、進化のスピードに追い付けなくなっています。
──内田さんはいろいろなところでマジックを披露していますが、SNSや舞台にかかわらず、ポリシーのようなものはありますか?
内田 僕は舞台と観客の関係性を常に考えています。見ている人が楽しいかどうか、面白いと思ってもらえる瞬間を想像できるかどうかを大切にしています。でもそれは、生の舞台とTikTokでは全然違います。
音楽にたとえると、生で聴くオーケストラとYouTubeで見るMVくらい違うものです。生は生で振動を体感できる良さがあり、YouTubeは演出やコメントの面白さがある。それらも含めての音楽だったりするので、舞台ならば舞台の観客が、TikTokだったらTikTokユーザーがどう喜ぶかを意識してコンテンツをつくります。
──その視点は手品以外でもすごく重要だと思います。現在は会社経営に携わる一社会人として手品から学んだスキルはありますか。
内田 一番はコミュニケーション能力です。例えば、マジックの営業に行き、まったくウケなかったとします。だからと言ってお代は要らないですと言っても仕事なので払ってもらえる。
ですが、申し訳ない気持ちにもなるので今度は満足させられるコンテンツに仕上げようとブラッシュアップしますよね。その結果、コミュニケーション能力が高まります。そうして盛り上げるスキルが身に付いていくのです。
マジックで驚かせたり喜ばせたりする相手はお客さんですが、仕事の場合はお得意様やユーザーが相手です。その相手にこちらが提供しているサービスを良いと思ってくれるか考えることは、マジックのコミュニケーション能力にも通じるのです。
実はYouTubeのマジックとTikTokのマジックは違う部分もあります。もっと言うと、ステージでやるマジックとテーブルでやるマジックも違いますし、サロンマジックと呼ばれるステージとテーブルの中間くらいのマジックも、イリュージョンという大きいマジックも、“ウケる”感覚はすべて違います。いろいろな表現の場でそれぞれにウケるものを考えることは、仕事でのコミュニケーションスキルを養うことに大いに役立ちました。
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