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内田 伸哉:新しいエンタメを追究する"サラリーマジシャン"
2024/08/19
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インタビュアー茂木 和徳(もぎ かずのり)
ビジネスプロデューサー・塾員
マジックと営業のスキルを磨く
──内田さんと私は慶應義塾高校奇術部の同期ですが、まずは奇術部を選んだ理由をお聞かせいただけますでしょうか。
内田 新入生歓迎会でハトのマジックを見たことです。それまでテレビ番組を見て少しかじったことはありましたが、本格的なマジックを初めて見て、これはすごいと思い入部しました。
──僕たちの代はとくに入部希望者が多い学年でした。
内田 そうですね。1学年上の先輩は1人だけでしたが、僕たちの学年は一気に12人ぐらい入りました。
──大学では奇術愛好会に入り、さらに技術を磨くことになりますが、どのようなことに力を入れていたのでしょうか。
内田 大学の奇術愛好会では、塾高奇術部からの先輩方がすでにマジックで営業活動をしていました。高校生のマジックは多少タネが見えていても愛嬌で拍手をもらえましたが、先輩たちはそれじゃダメだと。彼らはきちんとエンターテインメントとしてお金を稼げるクオリティに仕上げていました。
それを見て、僕たちもプロに負けないレベルでやろうと、マジックと営業のスキルを一生懸命磨きました。それにより相当活動の幅が広がったと思います。プロに習いに行ったり、同じ舞台に立たせてもらったりしましたし、同期に営業熱心な仲間が多かったことも良い刺激になりました。
──中でも内田さんは営業先を積極的に開拓していましたね。
内田 そうですね。それまで年間10件ほどだった公演が100件に増えました。マジックはそれ自体が営業ツールになるところがあるので、その場でやってみると「うちでもお願い」と言われることがありました。営業先が増えるのがとにかく楽しかった記憶があります。
マジックが結んだ交友関係
──当時、マジックのスキルは基本的に先輩から習うものでした。学生時代に印象に残っていることはありますか?
内田 7学年上の先輩、大塚太郎さんの指導が厳しかったことです。太郎さんはプロ顔負けのマジックを見せたいという気持ちが強く、随分鍛えられました。マジックのレベルが上がるだけでなく、いろいろな人に顔をつないでもらえたことも大きかったです。
──内田さんも後輩の育成には力を入れていました。何か意識して取り組んでいたことはありますか?
内田 先輩たちには練習や営業だけでなく、食事をごちそうになることも多かったのですが、そういう時によく「この借りは下に返してくれ」と言われました。それは奇術愛好会の良さでもあるし、慶應が持っている伝統でもあります。僕も後輩とそのように接しました。こうした文化が下へとつながる関係はとても大きいと思います。
ネットもない時代に手品のタネはよほど密な関係にならないと教えてもらえません。情報の機密性が上下間の絆を強くしたところはあるでしょうね。ネットで簡単に情報が手に入るようになった今は、伝統的なコミュニティの人間関係が希薄化しやすいような気はします。
──塾高から理工学部電気情報工学科に進学されましたが、学問とマジックをどのように両立されていたのでしょう。
内田 勉学は最低限に頑張り、それ以外の時間をすべてマジックに注いでいました。大学では池原雅章先生の研究室に在籍し、音声の信号処理の研究をしていました。マジックをやっていたことは先生も先輩や同級生も知っていたので、皆、私の活動を温かく見守ってくれていました。
──在学中には他大学のエンタメ系サークルと合同で「色即是空」と題しエンターテインメントショウを企画しました。どのようなモチベーションがあったのですか。
内田 マジックを続けるうちにエンターテインメント全般が好きになり、自分がやること以外にも興味を持つようになりました。「色即是空」はマジックだけでなく、ジャグリングやパントマイム、チアリーディング、ダブルダッチ等のいろいろなパフォーマンスを披露するイベントでした。
僕自身はこのイベントでは、パフォーマーではなく運営進行に専念しました。慶應から予算をいただいたり、会場として日吉キャンパスの来往舎を借りたり、パフォーマーを連れてきたりしていました。プロデューサー的な立場で関わったのは、表方でも裏方でもエンターテインメントをやることが好きだったからです。
いろいろな大学のサークルに声をかけた結果、500人ほどお客さんが入りました。初めて手がけた総合的な舞台でしたが、パフォーマーにもお客さんにもとても喜んでもらえました。
──各大学のマジック部同士で交流も盛んでしたね。
内田 そうですね。当時12大学で組織された関東大学奇術連盟で大会や発表会もありました。その中で慶應は伝統を守るクラシックなスタイルが売りでした。各大学の上手い人同士で仲良くなり、早稲田や東大、法政の人たちとは今でも交流があります。
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内田 伸哉(うちだ しんや)
マジシャン、(株)スターミュージック・エンタテインメント取締役CMO
塾員(2005理工、07理工修)。慶應義塾大学在学中にプロマジシャンとしてデビュー。代表作は〈iPadマジック〉。TikTokフォロワー数1,000万人突破。