三田評論ONLINE

【話題の人】
永井紗耶子:歴史小説で第169回直木賞を受賞

2024/01/15

古典を学ぶために佛教大学へ

──慶應を卒業されてから、佛教大学の大学院に入学されましたが、そこで何を学ばれたのでしょうか。

永井 佛教大学を選んだのは、歴史ものを書けるようになりたかったからです。聖書に関しては読んだという自信があるのですが、仏教は古典を理解しなければいけないと思っていました。ですが、本を読むにも限界がある。私はなぜキリスト教を理解できたのかと考えた時、実際に“中の人”に聞いたからだと思い至り、2年制の通信教育課程に入りました。

──中高生の頃にシスターと直に接していたことが大きかったのですね。

永井 そうです。それなら仏教も中の人に聞こうと。

──歴史小説を書く上で仏教の知識が基礎にあれば、派生できる部分も多いでしょうね。

永井 お寺や仏像、庭、お茶、山水画などへの理解も深まります。私が説話文学といった民間的な信仰も含めて仏教の根源的なところを理解したいと先生に相談したところ、それなら起源に戻るのが良い、奈良時代の『日本霊異記』を研究しては? と言われました。

──最澄、空海よりも前の時代でしょうか。

永井 そう、法相宗と呼ばれる7世紀頃の宗派です。唯識説の世界ですね。最初は『今昔物語』を読もうと思ったのですが、先生によると『今昔』は『日本霊異記』の影響を受けている。だから、『日本霊異記』をやったほうがいいと。天狗信仰も面白いから天狗の研究はどう? とも言われました。小説の種がゴロゴロ転がっている感じでした。

海外で翻訳される作品を目指す

──永井さんがこれまでに影響を受けた作家を教えてください。

永井 最も影響を受けたのは永井路子さん。それから田辺聖子さん、山岡荘八さん、司馬遼太郎さんでしょうか。

──永井さんが勤めた産経新聞にはかつて司馬遼太郎さんも記者でいました。

永井 そうですね。その背中を追ってというほどではありませんが(笑)、就活の時に時代小説家の経歴を調べたりしました。永井路子さんが小学館にいたこともあり、私は新聞社か出版社に就職するのが正解だろうと思っていたのでしょう。

大学時代は宮部みゆきさんや東野圭吾さん、小野不由美さん、京極夏彦さんが出てきた頃で、私もミステリーやホラーを書いていました。

──史実の調査など、時代小説を書く上で気を配っていることはありますか。

永井 もちろん調べますが、やりすぎると身動きがとれなくなることもあります。調べるだけ調べて、これ以上は出てこないというところまで行けたら想像で書くという感じです。

よくたとえるのはゴジラです。あれがもっともらしく映るのはゴジラ以外がリアルだから。突飛なことを設定するなら、他の部分は細かくつくったほうがいい。そう思って史実ではない要素を入れる時には、他の部分を丁寧に書くようにしています。

調べものもコロナ禍の間に国会図書館のデータベース化が進み、とても便利になりました。enpaku(早稲田大学演劇博物館)も利用していますし、物語の舞台にはなるべく足を運びたいと思っています。そうもいかない時はグーグルマップを歩く(笑)。

産経新聞での連載「きらん風月」で静岡を舞台にした時は、掛川や日坂、小夜(さよ)の中山に出かけました。歩ける距離は歩き、そうでなければグーグルマップで歩いた実感を得ます。

──これからチャレンジしてみたいことは何でしょうか。

永井 海外で翻訳される作品を目指したいと思っています。私たちが『三国志』やシャーロック・ホームズを読むように、日本の歴史を扱ったエンタメも海外で通用すると信じています。そのために、そうした作品を書くための普遍性とは何かと考えているところですね。

例えば、ネットフリックス的なコンテンツで月代(さかやき)は受けるのかといったことや、どうしたら海外の人にも格好よく見えるか、あるいは江戸以外の時代を扱うか、といったことも考えています。

──そうした展開に向けて、『木挽町のあだ討ち』をぜひ時代劇にしてほしいです。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

(2023年11月22日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事