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永井紗耶子:歴史小説で第169回直木賞を受賞

2024/01/15

  • 永井 紗耶子(ながい さやこ)

    作家

    塾員(2000 文)。新聞記者等を経て2010 年に『絡繰り心中』でデビュー。『木挽町のあだ討ち』で第169回直木賞、第36回山本周五郎賞を受賞。

  • インタビュアー森重 達裕(もりしげ たつひろ)

    読売新聞文化部記者・塾員

ライターと作家の二足の草鞋で

──直木三十五賞と山本周五郎賞のダブル受賞、おめでとうございます。芝居小屋を舞台とした受賞作『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』(2023)は、普段演劇の記事を担当している私も大好きな作品です。まずは一昨年に直木賞候補となった『女人入眼(にょにんじゅげん)』(2022)の頃からの変化についてお聞かせください。

永井 ありがとうございます。2020年にデビュー10年目にふさわしい作品をつくりたいと思い、19年頃から根を詰めて書いていました。それが『商う狼──江戸商人 杉本茂十郎』(2020)です。

初校が出たのが20年2月頃のことで、6月には出版の見通しが立っていました。編集者にはコロナ禍が落ち着いてからにしますかと訊かれていましたが、先が見えない中、待っていても仕方ないと思い発表しました。『商う狼』を書き終え、少し時間ができるなと考えていたらコロナ禍となり、ひきこもり生活に入りました。

──永井さんは慶應を卒業後、新聞社を経て、フリーライターとして執筆活動をされていました。『商う狼』の頃は作家との二足の草鞋だったのでしょうか。

永井 そうですね。2019年はライターの仕事が残っていましたが、『商う狼』を連載しながら、少しずつ執筆媒体を減らしていきました。

──これから小説に本腰を入れようというところでコロナ禍になった。

永井 周りからは「(フリーライターを)まだやっていたのですね」とも言われていました。文芸書の編集者からもちゃんとやってほしいと言われ、作家として気持ちが固まっていきました。

──作家としてデビューしてもすぐに仕事は辞めないようにと編集者に言われるそうですね。

永井 『絡繰(からくり)心中』(2010)でデビューした時にそう言われました。その後も少しずつ小説のほうに舵を切るのがいいのかなと迷いつつ、逆にライターを続けながら小説を書き続けるのもいいかもとも思ったり。どちらも楽しくやっていました。

──片方の仕事がもう片方のヒントになる、といった感じでしょうか。

永井 そうです。作家に切り替えたいという強い気持ちがあったわけではなく、とはいえ、ライターの仕事は複数で動くことも多く、私の都合だけでは何ともならないこともありました。ムックなどの制作に関わると小説が後回しになり、それは困ると編集者に言われたりもしました。

大好きな芝居の世界を描く

──コロナ禍で逆に小説を書ける時間が増えたのではないでしょうか。

永井 そうですね。取材に出る機会が少なくなり、小説に集中できるようになりました。鎌倉時代のことを書き下ろしたいと考えていた2020年に、ちょうど大河ドラマで「鎌倉殿の十三人」の制作が決まりました。それまでも鎌倉時代の物語は出版各社に提案していたのですが、なかなか書かせてもらえませんでした。大河ドラマと重なるタイミングで出版社に持ち込んだところ出してもらえることになったのが『女人入眼』です。

──構想を温めていたのですね。

永井 『絡繰り心中』でデビューできなければこの作品を応募しようと思っていました。資料は集めていたので、大河ドラマに乗っかるつもりで本格的に書き始めました。

読者の方が北条政子役の小池栄子さんと重ねて読んでも問題なかったのではと思います。私は大河ドラマと一緒に楽しんでもらおうという気持ちで書いたので、直木賞候補になった時は驚きました。

──『女人入眼』は選考委員の宮部みゆきさんも推していました。

永井 本当に嬉しかったです。結果は次点でしたが、候補に入っていきなり受賞するのもこわいと思っていました。『女人入眼』では女性史を扱い、「女性の歴史を書く人」として定着してしまうと少し窮屈かもしれない……と感じていたので、結果的に2度目の候補での受賞はベストだったと思います。

とはいえ、『木挽町のあだ討ち』は、文学賞を取ろうと思って書いたわけではありませんでした。『商う狼』では10年の節目になる賞が欲しいなと思っていましたが、『木挽町のあだ討ち』は本当にただただ楽しく書いた作品でした。

──たしかに楽しく書いた感じが伝わってくる作品ですね。

永井 私は演劇や落語が好きなので、芝居小屋を舞台にしたこの作品を楽しく読んでもらえたらいいなと思いながら書きました。あまり苦しむことなく書けた作品です。

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