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浜 佳葉子:女性初の東京都教育長に就任

2023/07/14

目標が見つからなくても今を頑張る

──東京都の公務員になろうと思った直接のきっかけはやはり、就職活動をされていてですか。

 そうですね。就職活動を始めてみたら、当時は普通の大手の企業はどこも女子の面接すらしてくれなかった。だから、「あ、私は女なんだ」ってその時初めて思ったんですね(笑)。慶應女子高出身だと、そういうこと意識しないじゃないですか。

──しないですね、全然(笑)。

 これからこの世界で生きていかなければいけないんだ、これは困った、と思いました。その時、同じぐらいやったら同じように評価される仕事を探した中で、見つけたのが都庁でした。

──今、後輩の大学生たちに、ご自分の経験からアドバイスするとしたら何を伝えたいですか。

 難しいですね(笑)。でも自分の娘を見ていても思いますが、あまり将来を難しく考えないほうがよいのではと思うんですね。最近、学校はキャリア教育に力を入れていて、将来、自分がどういう職業に就きたいか、どういうふうに生きたいかを考えさせ、それに向けて努力することが必要と言います。でも、それをやりすぎるとかえってよくないのではないかと思うのです。

若いうちに描ける将来像は、世界があまり幅広くは見えていないと思うんです。私だって都庁に入って、こんなに楽しく仕事ができるとも、こんなに昇進するとも思っていなかった。でもやってみたら楽しく、ここまで来られて、本当によかったと思っています。

目標を持てずに、どこに向かって進んだらいいのかわからないという人も多いと思いますが、そこは焦らなくていいと思いますね。目標が見つからないのだったら、今頑張れることを頑張る。それを積み重ねていった先に、「私はこれが向いていた」というものが見つかることもあると思うのです。何を頑張ったらいいかわからないことは決して悪いことではないと思います。

──とても素敵なメッセージだと思います。

 行き当たりばったりなだけです(笑)。

──キャリア支援教育について言うと、慶應義塾では、例えばいろいろな企業研究も学生主体でやっています。

 そこがやはり慶應の自由でいいところだなと思います。慶應の学生だったら、自分の道をいずれ見つけていくだろうということですね。

大半の大人は、大学に入る時には自分が将来どの職業に就くかという意識が明確でなくて、就職活動の中で進路を見つけて就職して、そこで頑張ってそれなりに幸せに暮らしている。それは決して悪くないと思うんです。

私は能天気と言われればそうですけど、どのポストにいる時も結果的に、「面白い仕事だから異動したくないな」と思って今まで来ています。水道局長になる時も、「これ、できるかな」と思って行ってみたら、「こんなに面白い仕事!」って思ったんです。どの仕事も一生懸命やってみれば楽しめるし、結果は後から付いてくると思います。

──それはやはり浜さんの資質で、何でも面白いと思える吸収力って素晴らしいと思います。

 好奇心は旺盛なほうですね。例えば水道局の仕事って基本的には技術屋さんの仕事なんです。だから、工事のこととかわからないこともたくさんあるのですが、「なんでそうなっているの」と聞くと、技術屋さんは喜んで教えてくれます。するとどんどん詳しくなるし、人間関係もよくなって、実はこういう困っていることがある、といったやり取りもやりやすくなります。

縁のなかった分野でも教えてもらえるとなんでも興味も湧くし、興味が湧けば、どこに難しさがあってどこに課題があるかも少しわかってきますね。

──慶應義塾らしいなと思う人って、ここまではできるとか、ここから先はちょっと難しいとか、自分で枠を作ってしまうことがないように思います。浜さんの話を伺っていてますますそう感じます。

女子高で学んだ対等な人間関係

──ご自身の経験から、今だからこそ気が付くところはありますか。

 自分もそうですが、職場で若い人たちを見ていても、結果を出そうと思った時ほど出ないですね。この仕事を上手く仕上げて評価されたいとか、褒められたい、認められたいと思った時ほどいい結果は出ないことが多いです。そうではなく、とにかくやれることを精一杯やろう、と思っている時のほうがいい結果が出る気がします。

──自然体ということですね。女子高から慶應義塾で学ばれて、その時の経験が社会に出てよかったと思えることはありますか。

 私は慶應女子高に入ってよかったなと思っているのは、今ののびのびとした発想って、あの3年間があったからだと思うんですね。

慶應全体がそうですよね。先生って呼ばず皆を「さん」付けで呼ぶし。特に女子高は先生を先生とも思わずに好きなように会話をするじゃないですか(笑)。言いたいことがあれば言うし、わからない時は「わからない」、いやなことは「いやだ」って。あののびのびとした感じはたぶん、中学校までの自分にはなかったと思うんですね。

仕事をするようになって、「よく平気で目上の人に言えるね」って何度か言われたことがあります。あの上司は皆怖がってなかなか近寄らないのに、スーッと行って話し掛けたりする。自由に話し掛けたり、違う時は「違う」と言ったり、できないものは「できない」と言ったりする(笑)。

やみくもに反論するわけではないのですが、ちゃんと会話をすれば、立場が違っても1つの答えに到達する。そういう安心感は女子高の時に身に付いたのではないかなと思いますね。

──私もよく「きみのその態度は女子高出身でしょ」って言われました。要するに、1対1、人間として対等に付き合うという態度が自然に身に付いている。浜さんのそういう姿勢が周りに何か影響を及ぼしていると感じたことはありますか。

 局長室の打ち合わせで若手も含め皆の発言が増えたと言われたことがあり、それは嬉しかったですね。私も「なんで?」って聞くし、皆にも「疑問は言っていいよ」と言っています。

──自由かつ率直に意見が言えて、それを受け止めてくれる懐の深さが女子高にはありましたね。ますますのご活躍を期待しています。今日は本当に有り難うございました。

(2023年5月23日、慶應義塾大学三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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