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辻󠄀 朋邦:元祖"カワイイ"文化の継承者として

2023/06/15

「みんななかよく」を伝えるために

──私は文学が専門で、サンリオが70年代ごろに多く出版していた詩集などを研究しています。文学は当時先端のメディアでした。もちろんその先端は入れ替わりますが、開拓者精神は変わらず追求されているように感じます。

辻󠄀 サンリオはやはりソーシャル・コミュニケーションの会社なのだと思います。「Small Gift Big Smile(小さい贈り物でお互いが笑顔になる)」というスローガンがありました。私たちは今「One World, Connecting Smiles.」をビジョンに掲げていますが、その笑顔をそこで終わらせない、1人で来たお客様も笑顔になれるように、連鎖させることが「みんななかよく」につながると思います。

そうしたビジョンが今後、サンリオの新しいビジネスを生み出します。我々はクリエイティブな会社でありたいですし、やりたいことを笑顔につなげられる会社にしたいと思っています。

──かつてのサンリオにはSF文庫の出版など、今からは意外に思える企画もありましたが、それは異なるファン層の取り込みだったとも言えます。そうした歴史を振り返ってみて、今後に生かせるような手法はあると思いますか?

辻󠄀 会社の歴史を振り返ってすごいと感じるのは、やはり「みんななかよく」という誰もが願っていることを企業理念にしているところです。だからこそ映画や文学の分野にも進出できたのでしょう。本来、グッズをつくるだけで十分だったのかもしれませんが、創業者としてはその思いを伝えていくことがとても重要だったのだと思います。

会長は戦争を体験した世代で、私も当時の話を何十回と聞かされてきました。会長が事業を立ち上げた当初、「戦争をなくしたい」という思いで、前身となる山梨シルクセンターを始めたのですね。当時から「みんななかよく」を世に拡げたいという思いがあったのです。映画や詩集もその1つだったのでしょう。

一方、大きな映画会社や出版社がある今、同じ手法で我々のメッセージを伝えるのは難しいでしょう。今の我々にはハローキティといったキャラクターがいて、グローバルにビジネスができています。その可能性を狭めずにエンターテイメントを追求する中で、将来的には再び映画や出版を扱う可能性があるかもしれませんね。

サンリオなりの“かわいい”

──「かわいい(kawaii)」という言葉は、字義通りの意味だけでなく、人とは違ったこだわりにまで拡張して、実に広い意味で使われます。女の子だけでなく、男性、お年を召した方も、いろいろな方を包含できるキーワードで、やはりサンリオに一番似合う言葉ではないでしょうか。

辻󠄀 かわいいと思うものは人それぞれですが、海外にも通用するようになったことはとてもいいですね。プリティでもキュートでもなく、ビューティフルでもない。それを定義するのは難しいですが、サンリオにはサンリオなりのかわいいがあり、それがお客様とマッチングした時に笑顔が生まれます。

──多種多様なキャラクターがいて、すべてをかわいいと言えるのは、「みんななかよく」が多様性のうえに成り立つ点で重要なことです。不安な時代を迎える中で、だれかがなにかしらの楽しい時間を持てるのはいいですね。

辻󠄀 「みんななかよく」のために、1人を笑顔にし、その笑顔をつなげ続けていくことには大きな意味があると思います。

──日本では安定した時代が続き、いちごの王さまの説く「平和」が当たり前に感じられたときもありました。今、世界がギスギスしている中で、キャラクターは小さいものかもしれませんが、それを通して、世界のだれかとつながりを持てるのはすばらしいことだと思います。

辻󠄀 戦争などで普通の生活が脅かされるような経験が世界では今現実に起きている。それに対して真っ向から反対を唱えるのとも違い、根本的な原因を解決するために笑顔をつくることが、我々の最終目標かなとは思います。

心理学への関心と会社経営

──辻󠄀さんは慶應義塾大学では文学部社会学専攻だったそうですが、学生時代に印象に残っていることはありますか。

辻󠄀 私は中等部、塾高から大学に進学しました。文学部社会学専攻ではさまざまな授業を履修できたのが良かったです。中でも心理学の授業は面白かったです。今振り返ると、相手がどう思っているかを考えることは、ビジネスでも大事なポイントです。

──人の心や社会のあり方を分析するという人文学的な知が辻󠄀さんの中で今も生きているということでしょうか。

辻󠄀 そう思います。例えばビジネスで戦略を立てたり、取引先と何かをしたりという面でも生きていますし、従業員との関係をつくる上でも大切です。

社長になって全社員と面談の機会を持った時、この人の真意はどこにあるのだろうということが気になるわけですが、そうした時に大学で学んだことを思い出したりもしました。

──会社経営と人文学的な知は、一見、遠いような感じがしますが、働く方や扱う物のイメージを考えると、人間や、心のつながりを考えることは重要ですね。

辻󠄀 創業家の中での事業承継と言うと、いろいろなことを感じる人もいると思うのですが、先代や社員とのコミュニケーションを考えると、私が勉強したことは役に立っていると思います。

ハローキティデビュー50周年を前に

──来年2024年はハローキティ50周年の節目の年だそうですね。どのようなことをお感じでしょうか。

辻󠄀 50年というと私よりだいぶ先輩ですが、ハローキティとは誕生日がたまたま一緒なのです(笑)。50年続くキャラクターというのは、大変な努力があった上でさらに奇跡的な何かが働かなければ出てこないと思います。

翌2025年にはマイメロディとリトルツインスターズも50周年を迎えますが、これから新たに50年続くキャラクターをつくろうとしても難しい。ハローキティにせよ、マイメロディにせよ、最初はモノを通して親しんできました。私も子どものころはサンリオのキャラクターのグッズを使っていましたが、当時は他にそういうグッズがあまりありませんでした。日常使いできるモノだったことがサンリオにとって大きかったのだろうと思います。

そういう普段使うモノへの思い入れがあるからこそ、好きでいてくださる方がいるのでしょう。さまざまなお客様がいることにより、永遠に続いていく。これはモノから始まった強さだと思います。

逆に今はモノから始めにくく、最初にキャラクター自体を売り込まないと買っていただけないような時代です。そのためには昔ながらの方法に加え、今の方法も取り入れてこれまで続いたキャラクターを我々がさらに50年生かし続けていくことが大事だと思っています。

ハローキティデビュー50周年をきっかけに新たな要素も加えながら、未来永劫ハローキティが皆さまのもとにいられるようにしていきたいと思います。また、そういうタイミングでサンリオもエンターテイメント企業として変革していきたいのでぜひ注目して見ていただきたいと思います。

──楽しみにしています。本日はありがとうございました。

(2023年4月19日、株式会社サンリオにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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