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末吉里花:エシカルの価値を伝える先導者として

2023/02/16

エシカル協会の立ち上げへ

──末吉さんは、2015年11月にエシカル協会を立ち上げました。テレビの仕事をされる中で周囲の反応はいかがでしたか?

末吉 私自身、テレビの仕事をしながら、本当にこの道に進んでいいのかと葛藤がありました。こういうことがやりたいと周囲に話すと、「ボランティアやるの?」とか「偉いね」と言われ、ある企業の人には「利益になるの?」とも言われました。冷ややかな反応もありましたが、私の中にはつねにキリマンジャロの頂上での決意がありました。それまでは何事も三日坊主だったのですが、あの登頂以来、そういう自分を許せなくなっていたのです。

テレビの中の華やかな世界との乖離を感じながら、私のようにフェアトレードに関心を持っている人がいるはずと考え、2010年に「フェアトレードコンシェルジュ講座」を開きました。この時に20人ほどの方が集まってくださったことに勇気づけられ、それ以来、毎年2回講座を開催しています。

その第1回に参加してくれた2人と意気投合し、受講者とのネットワークを生かせる団体を立ち上げたいという話になりました。それが2015年のエシカル協会設立へと発展しました。

とはいえ、設立から最初の3年はすべてが手弁当でした。でも、一緒に働く仲間ができたことで続けようという意欲が強くなりました。仲間がいるのがこれほどまでに強いとは思っても見ませんでした。

──エシカル協会を立ち上げた後で将来への不安はありませんでしたか?

末吉 とにかくがむしゃらにやっているので不安を抱くほどの時間はありませんでした。エシカル協会では主に講座や講演会を行っており、目の前の役割を果たすことに懸命で、これまで将来の心配なんてする間もありませんでした。仕事をいただいたら全力でやり、次につなげていく、この繰り返しです。「フェアトレードコンシェルジュ講座」も「エシカル・コンシェルジュ講座」と名前を変え、今も続いています。

また、2021年に上梓した『エシカル革命──新しい幸せのものさしをたずさえて』(山川出版社)をはじめ、著作を通して私なりにエシカルの意義を発信することも続けています。

協会を立ち上げたのと同じ2015年の9月に行われた国連サミットで、日本を含め全会一致でSDGsが採択されました。ですが、当時国内では現在ほど積極的に取り組む気配はありませんでした。ここ数年で声を上げる企業が次第に増え、政府も積極的に働きかけるようになり、そこから社会的にも関心が高まり始めました。

──その頃からエシカル・コンシェルジュ講座に関心をもつ人も増えたのではないかと思います。

末吉 そうですね。もちろん受講者数も増えているのですが、受けてくださる方の中に民間団体の職員や自治体の職員、経営者も含めた企業の人、とくにサステナビリティ部門の人たちが目立つようになりました。当初、女性が8~9割だった男女比も、今は半分ずつくらいの割合になっています。

受講者が増えるとともに講演に呼ばれる機会も増えました。とくに教育機関が多く、SDGsが学校でも教えられるようになったことを感じます。教科書に載せてもらえるよう、私たちも働きかけ、2021年にはエシカル消費に関する項目が中学校教科書で初めて掲載され、2022年からは高校の教科書にも載っています。

企業、行政、自治体、教育機関やメディアが少しずつ変わることで、私たちの活動も活発になっていきました。現在では「エシカル・コンシェルジュ講座」の受講者数はのべ約1万5000人にのぼります。

──すごい数です。「エシカル・コンシェルジュ講座」に名前を変えてからの人数でしょうか?

末吉 そうですね。じつは受講者数が増えたのはコロナ禍の影響も少なくありません。対面式からすべてオンラインに切り替えたところ、さまざまな場所から受講してくれる人が集まりました。10代から70代まで幅広く、海外に住んでいる日本人の方も受講してくださいます。

個人の実践から社会を変えていく

──SDGsの取組みは広がっていますが、末吉さんたちがこうした動きに貢献している実感はありますか?

末吉 ないですね(笑)。やはり時代の変化があってこそ、今の私たちがあると感じます。できていないことも多い。それでも、私たちの講座を受講し、コンシェルジュになってくださった方々が、それぞれの地域で変化の担い手になってくれているという実感はあります。彼ら彼女らが活躍してくれていることが私たちのモチベーションになっています。

──具体的にはどのようなことが「できていない」のでしょう?

末吉 まだまだ公正ではない社会で変化を起こそうという時に、2つできることがあると思います。1つは、私たちがこれまで働きかけてきたように、個人の暮らしの中で、エシカルな価値観のもとで消費行動を考えましょうと投げかけ続けることです。

もう1つは、法律や制度のように社会を動かしている大きなものを変えない限り、この世界は変わらないと思います。そこへの働きかけがまだ不十分だと感じます。それを是非やりたい。例えば、エシカルな消費がもっと普及するために政府の政策づくりに関わるといったことなどです。社会のシステムまで変えるのは難しいと思うかもしれませんが、じつは個人としてもできることは多いと考えています。

例えば、スーパーで買い物をする時にエシカルな商品、認証ラベルが付いている商品がなかったとします。そういう場合、「私はそういう商品が買いたい」と、お店側にポジティブに訴えてみるのです。「お客さまの声」カードにはとても大きな力があります。実際、平飼いや放牧といったかたちで動物福祉に配慮された卵がほしいとお願いすると、翌月から劣悪な生産背景ではない卵が置かれるようになったといった成功事例をたくさん聞きます。

行動するのは1人ですが、消費者の声は企業や生産者までをも変えることにつながります。消費者の表明がモノづくりのあり方を変える後押しになるはずです。私たちは生活者、消費者としての権利をこれまで無駄にしてきたとも言えます。社会を変える力を私たちは持っているということをもっと多くの人に知ってほしい。

──末吉さんたちにとっての理想像というものはありますか?

末吉 エシカル協会は「エシカルの本質について自ら考え、行動し、変化を起こす人たちを育んでいく。そして、そういう人たちとともに、エシカルな暮らし方が〈幸せのものさし〉となるような、持続可能な社会を実現する」というミッションを掲げています。ですが、今の社会はどうしてもお金や地位がものさしになりがちです。私はそういう社会を変えていきたい。皆がエシカルな暮らしが送れて、幸せを追求していける、どんな人も自分の未来を選択できる可能性が与えられる社会をつくっていきたいと思っています。

宮沢賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と言っています。裏を返せば、個人の幸せがない限り世界全体の幸せもないということです。世界全体と個人の幸せが両立できるようにと思ってくれる人が1人でも増えたらいいなと思うのです。

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