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稲川琢磨:「日本酒を世界酒に」するために

2021/10/15

  • 稲川 琢磨(いながわ たくま)

    株式会社WAKAZE代表取締役社長

    塾員(2013 理工修)。コンサルティング会社を経て2016年株式会社WAKAZEを起業。2019年フランスに酒蔵「Kura Grand Paris」を設立。

  • インタビュアー小尾 晋之介(おび しんのすけ)

    慶應義塾大学理工学部教授

コロナ禍で変えた販売戦略

──稲川さんは、「日本酒を世界酒に」を目標に据えて、一昨年にはパリ近郊フレンヌ市で酒蔵を立ち上げ、現在フランスでの販売が大変好調と聞きます。起業されてから現在までの事業の展開をどう見ていらっしゃいますか。

稲川 2019年にフランスで酒造りを始め、翌年春にちょうど、小尾先生がパリにいらした時が、これから「さあ行くぞ」と売り始めたタイミングでした。しかし、そこでコロナが来てしまい、飲食店を中心に販売していく戦略を変えざるを得なくなったんです。

その後すごく苦しかったんですが、有り難いことにオンライン販売に戦略を切り替えたところ、2020年末までに、予定していた売上の倍ぐらいまで業績を伸ばすことができました。その成功もあって、今年の6月に資金調達を発表し、ベンチャー・キャピタルさんから3.3億円を調達し、今ちょうど投資を始めようという段階です。

オンラインだと国境をほぼ意識せずに他のヨーロッパの国に展開していくことができるので、9月からいよいよイギリスという第2の市場に踏み込んでいこうと思っています。

また、日本でも「WAKAZE 三軒茶屋醸造所」というところで飲食店を併設しています。コロナ禍を受けまして、9席という小さいお店に改装し、予約限定のペアリングコースのお店として10月にリニューアルオープンしました。

「日本酒を世界酒に」という夢を持って立ち上げた会社ですが、私は目標は常に高く持とうというタイプなので、まだまだ達成度としては1%もいっていないと思っています。逆に、ここからすべて伸びしろと考えて頑張っていきたいと思っています。

──コロナによって、オンラインに切り替えたことが大きなビジネスチャンスを生んだということですね。達成度が1%というのはかなりご謙遜だと思うんですが、「日本酒を世界酒に」するのは、一代でできるような話ではなく、世代を重ね、長い時間をかけて定着するものですよね。

稲川 その通りですね。おっしゃる通り自分だけでできるわけではないので、これから、いろいろなお酒造りのプレイヤーがベンチャーとして出てきて、初めてマーケットが出来上がると思っています。

実はクラフトビールの例が結構似ています。アメリカのボストン・ビアを起業したジム・コッホという方が、クラフトビール革命の中心と言われていますが、本当に素晴らしい経営手腕で、今やアメリカのビールのマーケット10兆円ほどのうち数兆円をクラフトビールが占めているのです。消費者を啓蒙したりする地道な活動があって成功していて、日本酒の場合もそういうことが大事だと思います。

最近、ドイツやイタリアなどから、起業意欲のある方にうちの蔵に遊びに来てもらい、自分で蔵を造るときの参考にしていただいています。うちで働いている人も結構蔵を立ち上げたいという人が多いので、そういったメンバーが後々自分で蔵を立ち上げていけば素晴らしいと思っています。

例えば、福島県南相馬で酒蔵を立ち上げた佐藤太亮君(本誌2021年7月号「塾員クロスロード」に登場)は、うちの三軒茶屋の醸造所でお手伝いをしてくれていたんです。そういう起業家マインドを持った人たちがどんどん出てきてくれたら嬉しいですね。

ヨーロッパで市場をつくるには

──なるほど。寿司も独特の発展を遂げていますが、「これが本当の日本の寿司だ」と言って、日本の職人さんが出ていく方法もあれば、カリフォルニアロールなどのように現地の事情に合わせてつくる「Sushi」もあります。稲川さんが目指すのは、どちらの方法ですか。

稲川 寿司が海外で広まったのは、ローカルの人たちが楽しんでつくって、それが広がったのだと思うんです。そういう意味ではわれわれも明確に後者を目指しています。また、フランスだと日本で手に入る山田錦などのいわゆる酒造好適米が手に入らないので、技術的にも同じものを造ることがすごく難しいのですね。

ボトムからピラミッドまでを見ると、日本から輸出しているものは一番上の部分ですが、ボトムのマーケットで安くておいしいものが広まっていって、初めてプレミアムな市場も増えていくと思います。このボトムの市場をどうやってつくっていくかが、われわれが今、チャレンジしているところです。

また、今、ヨーロッパ、特にフランスは環境意識がすごく高まってきています。だから、CO2排出を減らして環境に負荷のないものをつくる、地産地消でやっていくことに対してものすごく価値があるんですね。

驚いたのが、フランスではフランス国旗を付けた製品が売れることです。フランスは、イタリアやスペインなど、より安いところから食材が入ってきた国なので、地産地消自体が珍しく、価値があるのです。

だから、フランス製品は愛国心からではなく、環境意識が高いから国旗を付けている。地産地消だと輸送も少なくて済むので、CO2排出や環境汚染が抑えられますから。

ですので、現地で自由につくり、ローカルで生産されたものが評価されてどんどん浸透していくあり方のほうが、これからの時代を牽引していくのではないかと思います。

──裾野が広がった結果、本物の日本酒を飲みたいと言う人たちがいずれ大勢出てくるでしょうね。日本の酒造家の方とのコミュニケーションは、どのように取られているのですか。

稲川 うちのメンバーの一人に群馬の聖酒造さんという150年ぐらい続く酒蔵の息子がいるのです。実家を続けていきたいからこそ自分たちは海外市場を切り開き、それによって日本からの輸出も伸ばしていこうと思っていて、彼のお兄さんにあたる社長さんとはとても懇意にしています。

他に日本の酒造でお付き合いがあるのは、長野の真澄さんです。代々慶應の卒業生ですが、宮坂勝彦さんは海外志向もとても強くて英語もよくできる方で定期的にコミュニケーションを取っています。先日も真澄の公式インスタライブに私も出させていただきました。

──稲川さんがコンサル勤務時代に口にして衝撃を受けたのが真澄のお酒で、それで日本酒の虜になったそうですね。

稲川 真澄の「あらばしり」というお酒がすごくフルーティーで驚きました。正直に言うと、それまで僕の日本酒のイメージはフランス人とそう変わらなくて、あまりおいしいと思っていなかった。それがガラッと変わって、雷が落ちたように日本酒の虜になり、日本酒を世界酒にしたい、フランスで造ろうとその瞬間から思いました。

伝統ある酒蔵に対して、うちは自由な発想で、お酒がベースのカクテルなどもつくっています。実はお酒でカクテルをつくるのは日本酒業界としては御法度に近いらしいんですが、フランスのバーテンダーは、お酒は一番カクテルに使いやすいと言うんです。アルコール度数が低いものが好まれ、蒸留酒が使いにくくなっている時代に、醸造酒のワインは味が強過ぎるので、カクテルとしては癖が強すぎる。でも、日本酒はドンピシャだと言う。

そうやって新しい、いわゆる日本酒ビギナーに刺さるようなマーケティングもできるんだという学びをこちらからも提供できると思っています。

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