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速水 聰:星出宇宙飛行士の健康を地上から見守る

2021/07/15

  • 速水 聰(はやみず さとし)

    国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)主任医長

    塾員(1999 医)。地域や在宅のリハビリに従事するリハビリ科専門医として勤務後、2017 年より現職。星出彰彦宇宙飛行士の専任フライトサージャン。

  • インタビュアー田中 謙二(たなか けんじ)

    慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室准教授

フライトサージャンとは

──速水君はフライトサージャン (航空宇宙医師)として活動し、現在、日本人2人目のISS(国際宇宙ステーション)船長として活動する星出彰彦さん(塾員)を主治医としてヒューストンから診ているわけですね。まずフライトサージャンというのはどんな職業なのですか。

速水 私も正直JAXAに入る直前まで知らなかった言葉です。サージャンとは一般的に「外科医」のことを言いますが、実は「軍医」という意味もあります。昔、アメリカ軍が飛行機乗りの健康管理をする軍医をフライトサージャンと呼んだようです。

転じて米ソの宇宙開発競争時に、NASAでは航空医学から航空宇宙医学へと幅を広げ、その分野の専門医師という意味でフライトサージャンという言葉が現在も使われています。

──なるほど。日本のJAXAでは星出さん1人について、何人のフライトサージャンがつくのですか。

速水 これはJAXAに限りませんが、ISSプログラムの中では5極(JAXA、NASA、ロシア、欧州宇宙機関(ESA)、カナダ)のフライトサージャンが、各極で搭乗指名された宇宙飛行士に対して1名指名されます。なので、JAXAの場合も、星出さんには専任として私が指名され、そしてもう1名バックアップの専任フライトサージャンが付いています。

現在、JAXAには計5人の常勤フライトサージャンが登録されています。

──野口聡一さんが先日まで宇宙にいましたが、野口さんにはまた別の専任の方がいたということですね。

速水 はい。野口さんはまだリハビリ中(2021年5月26日現在)ですが、実は私は星出さんの専任のフライトサージャンかつ、野口さんのバックアップの専任フライトサージャンもやっていて、野口さんのリハビリも担当しています。

宇宙飛行士の健康をどう管理するか

──具体的には、今、宇宙にいる星出さんに対してはどういうことをやっているのですか?

速水 専任フライトサージャンの仕事は大きく3つのフェーズ、飛行前・打ち上げ時、飛行中(ISS滞在時)、帰還時・飛行後に分けて搭乗指名された宇宙飛行士の健康を管理します。

宇宙飛行士は地球上の1Gという重力の環境からISS内のマイクロGという微小重力の環境へ移動します。その間に大きな生理的な変化が起こりますので、そこをフライトサージャンとしてはしっかりと健康管理しなくてはいけない。地球へ帰還する時も同じで微小重力から1Gの環境へ再適応する時に、いろいろな症状が出たりします。

ですので、星出さんの場合、打ち上げからISSに到着して1週間ぐらいまでの間に、いろいろな体の変化があるのでそれに対するケアが重要です。打ち上がってから、連日5回ほど医療面談をやりますが、そこが健康管理としては集中力を要するところでした。

ISS内の空気組成は地上とほぼ変わらず、その環境に適応してしまうとさほど気を遣わなくても大丈夫になります。微小重力環境に独特なケガなどの予防を含めた作業管理や栄養・運動などの管理も行います。

──微小重力の適応については、今は随分蓄積はあると思いますが、そういった知見はNASAやロシアなど、皆で共有しているんでしょうか。

速水 とても重要な質問です。実はISSプログラムの中には、いろいろな部門があり、日本は「きぼう」というモジュールを管理しています。運用に関わる技術によっては他国と共有できないものも当然あります。

ただし、われわれ宇宙飛行士の健康を管理する医学運用の部門は、例えば感染症などは宇宙飛行士の中でうつしてしまうと、大変なことになる。だから、ISSプログラムの中にある部門の中では一番仲がいいと言われていて、多国間連携を大変重要視しています。

毎週1回開かれる会議では、現在ISSにいる7名の宇宙飛行士の健康状態を報告し合い、5極のフライトサージャン間で情報共有します。例えばJAXAの宇宙飛行士に何か症状が出た場合、アドバイスをいただくことが可能なくらいの距離感であり、ほぼ秘密はないと言っても過言ではありません。

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