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柏倉 美保子:ゲイツ財団日本常駐代表として活躍

2021/02/15

途上国に新型コロナのワクチンを

──現在、特に力を入れているのはどういったプロジェクトでしょうか。

柏倉 このコロナ禍でもっとも注力しているのは、いかに途上国に新型コロナ対策の3点ツール、「ワクチン、治療薬、検査キット」を届けるかということです。そのためにWHOのもとに「ACTアクセラレーター」というものが昨年5月に立ち上げられ、私たちも一パートナーとして参加し、そこに資金を拠出し、枠組みをつくってきました。

これは、今回のパンデミックで世界が初めてつくった枠組みで、これを、いかにきちんと走らせることができるかが、私たちが今、立ち向かっている一番のチャレンジです。

コロナで浮かび上がってきた国家間の格差は、ワクチン供給に顕著に表れます。先進国では現在、国民1人当たり、人口の2.5倍ぐらいワクチンを確保しているのに対して、途上国では人口比で14%程度です。これはワクチンナショナリズムと呼ばれる自国第一主義的な現象です。

このワクチンナショナリズムに対抗するために、国際協調やマルチラテラリズム(多国間主義)にのっとって、途上国も含めた枠組みをつくることが重要になります。

ワクチンに関しては「COVAX(コバックス)ファシリティ」という途上国政府も入れるスキームをつくったのですが、それに先進国の中で最初に手を挙げたのは日本政府です。これは誇るべきことで、他の先進国が自国第一主義に走る中、日本が最初に手を挙げたので、今は190国以上が参加する大きな枠組みになっています。

──今、国際関係の中で、自国の利益を優先しようという動きはいろいろなところで起きていますよね。

柏倉 そうですね。しかし、途上国にワクチン、治療薬、検査キットが届かないことで、日本では2021年中に製造業を中心に5,000億円、2025年までだと1兆3,600億円規模の経済損失が出るという予測が出ています。

これは先進国全体だと2021年中に16兆円、5年間で48兆円もの経済損失となります(以上ユーラシアグループの経済分析による)。まさに地球がもう一体化してしまっている。その一体化した経済の中で、自国第一主義でやっても、実は自分自身が損をするということがわかってきたのです。

ですから、これからは地球規模で全体最適や全体の戦略を考えることが経済的にも合理性が高いし、倫理的にもよいということだと思います。

──障壁になっていることはどんなことでしょう。

柏倉 やはり途上国の現状と日本人の「自分事」がすごく離れてしまっているところでしょうか。実は自分が働いている産業や消費しているものが、途上国を含めた世界の経済の中にもう組み込まれてしまっている、ということがもう少し身近に感じ取れるといいと思うのですね。

重要な日本とのパートナーシップ

──ゲイツ財団ではどのような方々が働かれているんでしょうか。

柏倉 ダイバーシティに富んだバックグラウンドの人たちがたくさんいます。コンサル出身で戦略をガリガリ練るような人もいれば、結核やHIV、マラリアといった感染症の専門家、製薬を開発してきた方、政府機関で長い間働いてコミュニケーションに長けている方、NGOで現場にいてロジスティックやサプライチェーンについて専門性が高い方など、本当に多様です。私は、自分がまったく国際保健のバックグラウンドを持っていなかったので、医療・保健という分野自体が新しいテーマでしたが、何か共通しているものがあるとしたら、新しい分野を吸収することに違和感がない人たちが集まっていることでしょうか。

──その多様なメンバーの中で、初めて日本常駐代表になられた柏倉さんの役割はどういったことでしょうか。

柏倉 私の役割は、日本のあらゆるセクターと連携し、多様なリーダーたちの協力を得ながら、様々な形でのパートナーシップを創出していくことです。

日本はすごく現場の方々に信頼を得られている国で、日本がそういった信頼に基づいた外交力でできることはたくさんあるのではないかと思っています。また、日本の国民皆保険制度のように素晴らしいサービスがある国は、世界に他にあまりない。日本政府は、長年ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの重要性を途上国の政府に長年発信してきて、その知見を共有しようと努めてきました。

現在、中谷比呂樹先生が代表理事を務められている、GHIT(公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金)は、途上国のHIV、マラリア、顧みられない熱帯病など、なかなか途上国では利益になりづらい、感染症に対するソリューションとして、日本政府と日本の製薬企業とゲイツ財団がお金を出しあってつくったモデルです。これは途上国向けのR&D(研究開発)を促進する世界で初めてのモデルで、これは、すごく誇るべきことだと思っています。

さらに、民間では日本にしかない技術、日本にしかできない製品、サービスはまだたくさんあります。また、NGOも、日本の方々は、国際会議などで調整役になり上手くまとめることが多いのです。そういう日本人ならではの国際的な場で活躍できるポテンシャルは、たくさんあると思っています。

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