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遠野 遥:第163回芥川賞を受賞

2020/12/21

  • 遠野 遥 (とおの はるか)

    小説家
    塾員(2014 法)。2019年第56回文藝賞を『改良』で受賞し、デビュー。2020年上半期、第163回芥川賞を『破局』で受賞。

  • インタビュアー山内 志朗(やまうち しろう)

    慶應義塾大学文学部倫理学専攻教授

塾生時代のキャンパスの想い出

――このたびは芥川賞のご受賞おめでとうございます。受賞作の『破局』にも舞台として出てきますが、まずは遠野さんが慶應の日吉、三田キャンパスで塾生時代、どんなふうに過ごされたのかお伺いできればと思います。日吉駅前の「ぎんたま」なども出てきていましたね。

遠野 日吉キャンパスにいた時は軽音楽のサークルに入っていて、バンドをやっていたんですよね。自分で作曲するところまではいかなくて、既存の曲をコピーして、仲間内で楽しんでライブやっているという感じだったんですけれど。1、2年生の時は、音楽に結構時間を割いていましたね。

――遠野さんはバンドの中では何の楽器をなさっていたのですか。

遠野 ギターです。全然上手くならなくて、2年ぐらいでやめてしまいました。

日吉に住んでいる友達もいて、泊まりにいったりもしたので、結構長い時間を日吉で過ごした想い出があります。「ヒヨウラ」を、よく歩いたりしていました。授業も割とよく出席していたので、キャンパスに行く機会は多かったですね。

――法律の勉強のほうはいかがでしたか。

遠野 法律を勉強するのは嫌いではなかったんですけど、「結構難しいな」というのが正直なところでした。高校までの勉強は、そんなに頑張らなくても、ある程度できていましたが、大学の法律の授業は一度聴いただけでは理解できない話が多くて、仲間内で教え合ったりして、初めて理解できたので、「歯ごたえがあるな」という感じでしたね。

――日吉の時にすでに小説を書かれていたのでしょうか。

遠野 日吉の時は実際に執筆にするということはなかったですが、文学部の授業を取っていて、そこに武藤浩史先生と佐藤元状先生が一緒にやっている授業があったんです。そこで朝吹真理子さんの小説を読んで感想を書いたり、先生方のお考えを聞かせてもらったり、確か小説の一場面を演じる機会もあったと思います。

文学や小説に対する関心は、その日吉での授業の影響で高まったところがあります。村上春樹の小説が取り上げられた時もあり、それも記憶に残っています。それまであまり純文学と呼ばれている作品を読んでこなかったので、そこで初めてそういった作品をちゃんと読みました。今思うと、後の執筆につながる1つのきっかけだったような気がします。

村上春樹、夏目漱石からの影響

――村上春樹の影響もかなり受けていらっしゃるのですか。

遠野 そんなに受けてはいない気がしますけど、「小説を読むの、面白いな」と思った、1つのきっかけではあると思います。

――『破局』の中の灯(あかり)という、魅力的な登場人物で思い出したのが『ノルウェイの森』でした。似ているというのではなくて、イメージがつながっているところを感じて。

遠野 ああ、そうなんですね。村上春樹では、私は『ねじまき鳥クロニクル』の始まり方がすごくいいなと思ったんですよね。パスタをゆでている日常的なシーンから始まって、急に不思議な電話がかかってくる。「これはどうなるんだろう」と気になって先を読んでしまう感じで。冒頭で「摑む」ということを『ねじまき鳥クロニクル』から学んだような気はしていますね。

――「文藝」(2020冬号)での対談では夏目漱石の『こゝろ』について言及されていましたね。漱石からはかなり影響を受けられたのですか。

遠野 そんなに熱心な読者という感じではなかったですね。小説を書こうとした時に何か参考になる、お手本がほしいなと思ったんです。誰の文章がいちばんしっくりくるかなと、いろいろ読んでみた結果、夏目漱石の文章がいちばん、何でしょうね、癖がないように思えて。

これを1つの手本にして、そこからアレンジしてみようと思い、いろいろ書いてみたという感じです。なので、内容にすごく感銘を受けたというよりも、文章の書き方の部分ですごく参考にしたということでしょうか。

――漱石の『明暗』は非常に会話の部分が多くてせりふだけで筋を進めているところがある。遠野さんの小説も、せりふが続くことで物語を展開するという部分があるような気がするのですが。

遠野 実は私は『明暗』は読んでいなくて。あまり会話で話を進めていこうという意識はないんですが、何ていうか、長いせりふをしゃべってもらうのが好きなんですよね。書いていて楽しいので書いています。

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