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名執雅子:女性初の矯正局長として活躍

2020/02/17

貴重な仲間との体験

──矯正局で、これまでどういうお仕事をされてきたのでしょうか。

名執 矯正局では、まず実際に処遇現場で勤務し、一人の対象者をどうやって更生させるかを経験させます。例えば少年院に勤務すれば、ある少年の担当になって、ずっと個別担任として接するのです。私も若い頃は、少年院や少年鑑別所の現場を経験し、女子の少年院長もやりました。

そして、当時は苦しかったけど一番思い出に残っているのは、先ほどお話しした、受刑者への改善指導のシステムとプログラムづくりです。これは法律の施行日が迫っていたので、わずか1年で形にしなければならず、国会対応も含めて、本当に寝ないで仕事をしましたが、真剣に仕事をした最高の思い出になりました。

その後、私たちが最初、形だけをつくっていたものの内容が実践を経てどんどん充実していき、実際に再犯率の低下につながっていくという結果が見えてくると、国の大切な仕事の役に立てたとすごく思いました。

法務省では矯正の仕事が中心でしたが、40歳台後半から、省としての大臣官房の広報室長や施設課長をやったり、他に予算系、総務系の仕事など、犯罪者処遇以外の組織運営の仕事もずいぶんさせてもらいました。働きやすい職場環境づくりが、仕事人生後半の主要な仕事になりました。

今まで2回ぐらい、「ここだけには行きたくない」と思っていたところに異動したことがあって、行く前の日なんて、若い頃は泣きそうでした(笑)。でも、後から振り返ると、その時の仲間との経験が、実は一番自分を成長させてくれたものだったと思えるのです。不思議なものですね。全ての仕事はつながっていて、意味のない経験はなかったと、今は感じています。

──女性として矯正局に入られて、どういうご苦労がありましたか。

名執 採用された時は、法務省矯正局に女性の係長すらいなかったのです。まして国の治安を支える公安職の分野で今の立場になるなんて、当時は100パーセント考えなかったですね。施設の長も、以前は女性の施設に限られていましたが、今は女性の男子刑務所長もいます。

この10年あまりで、女性の職域を広げましょう、と徐々にいろいろな仕事を任せられ、評価もされるようになりました。女性の働く環境は、本当に大きく変わりましたし、今の若い人はほぼ平等に扱われていると感じます。矯正局の中でも女性の課長や補佐級が増えてきて、変わってきました。「少数派」が組織をしなやかに、厚みのあるものに変えてきたと思います。

矯正施設は社会の縮図

──名執さんは、まず人権擁護局長になられた後に、矯正局長に就任されていますね。

名執 人権擁護局長になった時は、外から矯正を見ることになったので、いろいろなことを考える機会になりました。人権擁護局というのは、日本全体の人権侵害事案に対応し、様々な差別、偏見に対する啓発活動をしていくところです。例えば、高齢者、障害者、虐待やいじめの対象になっている子供や女性、ハンセン病や部落差別、最近ですと外国人に対するヘイトスピーチ、LGBT差別などです。

その中で刑務所出所者に対する偏見や差別だけは、「人に迷惑をかけてきたのだから当然だ」という感情がどうしてもあることに改めて気づかされました。だから、この人たちを差別や偏見なく社会にもう一度受け入れてくださいと言うのは、ものすごく大変なことです。しかし、その偏見が出所者たちを社会で孤立させ、次の犯罪や非行の要因になっているのです。

その後、矯正局長になり、受刑者を刑務所の中で更生させ、再犯せずに社会で生活できるよう、全力を尽くしていますが、大事なことは、社会の差別や偏見がなく受け入れてもらうための、地域社会や地方公共団体との連携です。周囲の理解を得るためには、やはり、刑務所の中で行っていることをもっと社会に知ってもらうようにしなければと思っています。

──ご自身の職業人生を振り返られて何をお感じになられますか。

名執 矯正の分野は、ほとんどの人はできれば関わりたくないし、もちろん刑務所には入りたくない(笑)。しかし、その中で起きていることは、格差や貧困の問題を含めて社会の矛盾や課題の縮図なのです。

今、刑務所の中に高齢者が溢れているということもそうです。この矯正の世界の中で、行政として解決しようと思ってやっていることは、実は日本全体の様々な社会課題の解決につながり、全ての人が暮らしやすい社会をつくることにつながると思うのです。

一方、毎日の矯正職員の仕事というのは、目の前にいる一人の人の人生をどん底から掬い上げる、すごく意義のある仕事だと思っています。学生さんにもぜひ希望してほしいと思います。学生さんには自分の周りの狭い世界にとどまらず、幅広い体験をしてきてほしいなと思いますね。

──いろいろな人に対して、良いメッセージをいただいたように思います。今日は有り難うございました。

(2019年12月9日収録。名執雅子さんは2020年1月9日付で矯正局長を退任された。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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