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名執雅子:女性初の矯正局長として活躍

2020/02/17

「つながり」をつくる

──そのほかに、最近はいろいろユニークな取り組みを行っているそうですね。

名執 はい。最近では、受刑者が施設外で住民の目に触れることが忌避される面がありますが、もともと日本では、明治時代の北海道の開拓を始め、受刑者が道路をつくったり、地域のための活動をしてきた歴史があるのです。

現在も、対象者を選別した上で、例えば地域の要望に応じて、公園の清掃などを行う取り組みをしています。理容師の資格を取る訓練を受けた受刑者が、老人ホームで入居者の散髪をしたり、最近では伝統工芸が衰退し、担い手がいない地域があるので、刑務作業として伝統工芸品をつくることもあります。

また、「島根あさひ社会復帰促進センター」という、官民協働で運営している刑務所があるのですが、そこでは盲導犬協会と連携し、盲導犬になる前の候補犬を育てています。

──それは面白い取り組みですね。

名執 受刑者自身も、生き物との関わりで癒やされ、頑張ろうという気持ちが育つという面もあるのです。
盲導犬候補として育て上げて、それを盲導犬協会にお渡しする修了式には、高齢の受刑者が涙を流して、「○○(盲導犬の名前)に恥じない人生を送ります」と言って……。社会貢献をして人の役に立てる喜びは受刑者も同じで、更生に大きく寄与しています。

──それまでその人が恥じない生き方をするような、つながりのある人がいなかったのでしょうね。

名執 少年院や刑務所で、「初めて先生と言える人に会いました」という人もいます。そうすると、「先生を裏切るようなことはもうしたくない」という気持ちになるのです。人とのつながりができると、その人に迷惑をかけたくないから、あるいはその人に褒めてもらいたいから、これからの生き方を考えようという気持ちになるのです。これは人間、誰でもそうでしょう。罪を犯した人も同じです。

──どうして民間の企業が、刑務所の運営に関わるようになったのですか。

名執 これは平成15年の規制改革に基づいています。刑務所が定員を超える過剰収容となり、国家公務員の増員がなかなか難しい中、民間の力を借りて刑務所を運営していきたいという思いがありました。

具体的には、刑務所の食事の提供や総務系業務、周辺部分の監視など受刑者に直接実力行使をしない警備業務などを任せています。そして、先ほどの盲導犬の育成など、今まで国だけだったら思いつかなかったようなアイデアを実現してもらうこともあります。

私たちが想定していなかった効果もありました。先ほどの、刑務所の中で採用面接をして内定を出すという取り組みは、事業者として働いていた民間企業の方が、「この人たちは、出た後にどうなってしまうのだろう。自分たちにできることはないか」と疑問を持ったことがきっかけで始まったんですね。

刑務所で一体何が行われているか、受刑者の再犯防止に必要なことは何か、ということは、私たちが口で言うより、実際に見て知ってもらうほうが断然いいんですね。

──人とのつながりが地域へのつながりに結びついて、ネットワークになっているということですね。

矯正局に入ったきっかけ

──名執さんは、どうして法務省の矯正局という仕事を選ばれたのでしょうか。

名執 私は塾の法学部政治学科で、内山正熊先生の国際関係論のゼミにいました。三田祭で模擬国連総会というものを毎年発表し、それぞれの国の立場になって発言するのですが、私が選んだのがインドで、当時、南北問題と言われていた、発展途上国と先進国の経済格差や貧困の問題をテーマにしました。

私が大学を卒業したのは男女雇用機会均等法成立の2年前で、就職は男女で大きな違いがありました。でも、国家公務員だったら、女性も同じように採ってくれるだろうと思い、一生懸命勉強して公務員試験に合格しました。

ところが、どこか採用してくれるだろうと思ったら、省庁によっては、女性は1年おきにしか採らなかったり、面接も説明もないまま門前払いというところも多かったんです。その中で、法務省なら矯正局に女子の刑務所や少年院があり一定の女性の仕事もあるからと言われ、女子の少年院を見学に行ったのです。

それまで刑務所も少年院も全く知りませんでした。そこにいる少女たちの生い立ちを教えてもらって、こういう境遇の人たちが今もまだ日本にいると知り、見た目も普通の中学生、高校生が、なぜここに収容されているのだろうと思いました。

貧困や虐待の中で生きている人たちの問題が国内にある、自分が学んだ発展途上国の問題と通じるものがある、と感じたのです。

──南北問題か格差問題かということで、構造が同じだと。

名執 そうです。この人たちは罪を犯して、世の中に迷惑をかけているかも知れないけれど、被害者の側面も大きいのではと思い、矯正局に入ったのです。でも、全く知らない分野ですし、どちらかというとすべて暗い話だから、ここでやっていけるのかなと、最初はずいぶん悩みました。

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