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山田悟:緩やかな糖質制限「ロカボ」で世の中を変える

2019/11/15

糖尿病に向きあう情熱

──山田君が糖尿病専門医を目指したきっかけはどういうものですか。

山田 医者になって3年目に、現在埼玉医科大学教授の島田朗先生から、「糖尿病の医者にとって最大の資質は情熱だよ」と言われました。

例えば循環器などの内科では、血管が全部詰まっていたら、どんなに医者が情熱を持っていても救えない。だけど糖尿病の人は、すさまじい高血糖であっても、こちらの情熱で、健康に関して正しい知識を持っていただいたら、患者さんの生活が変わり劇的によくなることがある。この話をされたときに、すごく感激し、糖尿病専門医を目指してみたいと思ったんです。

──糖尿病は人間の体にいろいろな影響を与えますね。

山田 循環器や腎臓の疾患は根っこは糖尿病や高脂血症、あるいは高血圧から来ることが多くて、これらは生活習慣をしっかりとコントロールできれば抑制できるはずなんです。一次予防と言いますが、そこで多くの人を助けられるんですね。

日本人の死因のうち、がんや心臓病、脳卒中、また肺炎も脳卒中の後遺症からきていることが多いので、3分の2はいわゆる生活習慣病が原因となっている。それらはロカボで救えるものだし、寝たきりだって、実は骨粗しょう症や骨折にも糖尿病は関係していますし、認知症にも大きく影響します。

──患者さんの生活習慣をどう変えるかは、大変な努力が必要なのではないですか。

山田 昔は、患者さんの行動変容をどうやって起こすかを考えていたのですが、最近考え方を変え、その人の食習慣を記録したものを見せていただき、どれだけ生活習慣をそのままにしながら糖質を抑えるかを提案しています。

ライフスタイルというのは、その人に一番都合がいいように出来上がっているので、それを変えられる人のほうが少ない。できる限り患者さんのライフスタイルそのままで、糖質を落とす提案をしていきたいと思っています。

そして、これまでだと「どう食事を我慢するか」だったのが、「じゃあ大江戸さんに行って食べてくださいよ」という一言。この生活習慣指導が一番楽なんですよ。塾員の患者さんは、「大江戸さんに行っていいんですか」とすごくお喜びになる(笑)。

──「そこに行って食べてもいいですよ」という店がたくさんあれば、選択肢が広がりますね。

北里研究所から世界へ

──北里研究所病院というのはどういうところなのですか。

山田 北里先生は1892年にベルリンのコッホ研究所から日本に戻ってきました。でも、東大出身でありながら、東大の先生方の脚気菌発見の論文を否定していたので職がなかった。

そのときに、長与専斎先生の依頼を受けた福澤先生が設立を助けたのが伝染病研究所で、北里先生はここの所長になるのです。翌1893年には、結核療養所の土筆ヶ岡養生園をつくるにあたり、北里先生のために福澤先生が自身の土地を提供しています。そして、私立伝染病研究所が国立になり、その後、北里先生がそこを辞めて土筆ヶ岡養生園のところにつくったのが北里研究所で、土筆ヶ岡養生園の後身にあたるのが北里研究所病院なんです。

そのように福澤先生と北里先生の絆は深く、1917年に慶應の医学部ができたときには、北里先生が医学部長になっています。北里研究所病院の医師は、今でも北里大学よりも慶應医学部出身者のほうが多いので、小さな慶應のような感覚で、しかも慶應よりも自由度が高いんです。

──なるほど。そうなんですね。

山田 先ほど「叡智と実践」についてお話ししましたが、北里先生が我々に遺した言葉は他に「開拓」「報恩」「不撓不屈」と3つあります。

私が科学的根拠に基づかないけれども常識になっている、カロリー制限食に反旗を掲げ、学会の重鎮が盲目的に批判してきた糖質制限食を当院に取り入れようとしたとき、北里研究所からは、それを「開拓」であるとして認めてもらえました。そして、私はカロリー制限食に反旗を掲げることこそが、学会の重鎮の方たちに対する「報恩」であると思っています。

剣道には「守」「破」「離」という考えがあると言います。師の教えを盲目的に「守」ることは初期に求められる姿勢で、一定のレベルに達したら、師の教えを「破」ることが必要で、最終的には師の教えから完全に「離」れて新たな型を自ら作り出します。

今、私は「破」の段階にあると考えていて、いずれ湧井君を中心とする日本橋の方たちとともに日本全体、そして世界に向かってこの緩やかな糖質制限を発信、啓蒙するときが「離」の段階だと思っています。私が糖質制限に正面から取り組めたのは、本当に北里研究所であったからこそだと思っています。

──ぜひとも日本を代表するロカボの提唱者として、今後の活躍を期待しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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