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林善博:「有機味噌」にこだわり 世界へ日本の味を届ける

2019/08/22

エプソンでの経験

──セイコーエプソンを経て家業を継がれていますが、エプソンでの経験はどのように生かされていますか。

 仕事の実務面で言えば、私は今もって7割方はエプソン流です。エプソンでは入社したときから上司には恵まれ、非常によく教えてもらいました。

会議が終わったら1時間以内に議事録を配れと言われました。全て1件1枚主義です。2枚以上は書くな、徹底的に文章を短くして、箇条書きにして1枚に収めろと。そのように、ビジネスの基本を叩き込まれました。

だから、私も社内で、「会議資料は何ページも要らない」「会議が終わって1週間後に議事録ってどういうこと?」としょっちゅう言っていますね。

エプソンでは主に海外営業でしたが、私が入社した時点では、アメリカと英独仏だけが現地法人で、順次、各国のディストリビューターを買収して子会社化していく最中でした。ブランドや販路は自分で築かなければいけないのです。それ以上のショートカットもマジックカウントもない。

だから、ひかり味噌の販路もブランドも、苦労を積み重ねてやっていくしかない。これがエプソンで学んだ教訓です。

──家業に戻られたのは、お父さまから「戻ってこい」ということだったのですか。

 そうです。ただ、私は大学を卒業するときは、実家に戻ることは全く考えていませんでした。とにかく海外の仕事をしたかったので、信州精器(当時)の面接を受け、入社したらそれが実現できた。ですから、仕事が楽しくて仕方がなかったんです。

──では「戻ってこい」と言われたときは、あまり戻りたくなかった?

 エプソンでの最後の5年間はイギリスの子会社に出向していたのですが、「頼むから戻ってきてくれ」と毎日のように家から電話がかかってきまして(笑)。それを聞いて、「親を見捨てるわけにはいかないか」と思うようになったんです。

──でもご長男ですから、若い頃から心のどこかで、いずれ家を継ぐという可能性を考えておられたのでは?

 いや、本当に大学卒業の頃は考えていなかったですね。それまで、父親が本当に苦労して仕事をやっているのを見ていましたので、それを継ぎたいという気持ちはなかったです。

同族経営から組織経営へ

──しかし、実際に入られて、組織自体を大きく変えられてきました。

 家業を継ぐとか、オーナー経営者という意識は最初からなかったのです。「私は別に食う飯に困って親父の商売を継いだわけじゃない。転職したんだ」と思っていたんです。だから、やるんだったらもう徹底的に変えようと、「同族経営を組織経営に変える」ことを終始一貫してやってきました。

いろいろな苦労をしました。役員のメンバー構成ではいかに同族を減らして非同族でやっていくか。今は全員が非同族です。また、日本の中小企業で一番の問題は株なんです。結局、事業経営者イコール株のオーナーシップなので、株を取らないことにはキャスティングボートを握れない。これも過去20年間着々とやってきて、今、同族の持ち分は父親がほんのわずかに持っているだけです。

今もって流通や食品の会社はオーナー経営者が多いですが、親族同士でもルールを定め、外は外、家は家できちんと分けているところは上手くいっている。そこがゴチャゴチャなところは上手くいかない。みっともない姿を社員に見せてしまう会社に、優秀な社員が来るわけないですよね。

役員会で「こんな会議はエプソンの課長会議以下だ」と言ったら、父親がこっぴどく怒りましてね(笑)。今まで親のやってきたことをこれほど否定して、姿形を変えたのは、おそらく味噌業界の中では当社くらいだと思います。

バックアップしてくれる応援団、つまりキャビネットメンバーを必死につくり、ほとんどのメンバーが力を貸してくれました。その点、私は大変恵まれていたと思います。現在、会社の核になっているメンバーで、彼らがいなかったら会社は変わらなかったと思います。私1人でしゃかりきになっても大したことはできません。

日本の〝食〟の良さを海外に伝える

──大学時代のことも少し教えてください。

 いや、あまり勉強をしなかったんですよ(笑)。今になってもっと勉強すればよかったなと後悔はしています。

その中で十時厳周先生の社会学は記憶によく残っていまして、授業中に紹介していただいたマックス・ウェーバー関係の本などは大事にしています。すごく感銘を受けましたね。

日本人は今もって「稼ぐことイコール卑しい」という気持ちが心の奥底にある気がします。それは江戸時代の士農工商という、「商」を下に見る身分制からきていると思うんですよね。一方、プロテスタントには、「汗水たらして働いて得たお金は尊い」という気持ちがある。その考え方の違いは今も影響していると思います。

また、私は今、毎月のように海外へ行っていますが、日本人は徹底的にお人好しですね。一生懸命仕事をすれば、利益は必ず後から付いてくると思っている。だけど欧米人も、他のアジア人もそうは考えない。もっと短期で利益を確定しようとして、損が出たら早めに逃げる。なぜか日本人だけが、「全てを長期的な視野で考えましょう」というところがある。

これはいいところでもありますが、今のグローバル化の中では、置いてきぼりを食らうのではないか、と心配しています。

──この会社はまさに、日本のことを考える上ではちょうどいいですね。

 そもそも日本の食生活が急速に悪化したのは戦争に負けてからですよね。アメリカは戦前から小麦粉が余剰物資で、援助物資という名目のもと、日本に売り付けてきた。そして、かつて日本人はたんぱく源を魚と豆から牛乳と肉に変えさせられた。そこからだんだんと食生活がおかしくなってきたと思うんです。

敗戦国ですからしょうがないですが、食生活まで変えてしまうのがアメリカの戦略のしたたかさです。

味噌もそうですが、ほとんどの日本食の基礎的なものは1000年以上の食文化があります。それだけ続いたということは、安全・安心なのです。現に日本は世界に冠たる長寿国で、その理由は発酵食を常用していたり、動物性の脂肪摂取が少ないということだと思います。だから、われわれはそれを堂々と海外に広めるべきだと思います。

私は政治家になるつもりも、宗教家になるつもりもありませんが、食のビジネスを通じて日本の〝食〟の良さを海外に売り込みたいですね。

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