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安永雄玄:ビジネスの経験を活かして築地本願寺を改革

2019/06/17

  • 安永 雄玄(やすなが ゆうげん)

    浄土真宗本願寺派築地本願寺代表役員宗務長
    塾員(1979経)。ケンブリッジ大学大学院博士課程修了(経営学専攻)。三和銀行(現三菱UFJ 銀行)、ラッセル・レイノルズ社を経て、2015年より現職。

  • インタビュアー中島 隆信(なかじま たかのぶ)

    慶應義塾大学商学部教授

宗務長の役割

——安永さんは4年前に築地本願寺の宗務長に就任されました。まず、宗務長という役割を確認させていただきたいのですが。

安永 築地本願寺が所属する浄土真宗本願寺派は2012年に大きな組織改革をして、その時に一体的な運営をしていた宗派と本山本願寺を分けたんですね。宗派が一般の会社でいうところの持ち株会社みたいなもので、教育をしたり、住職の任免権を持つようになった。本山本願寺(西本願寺)は最大のお寺という形で信仰の中心。行政面の多くは宗派がやる、と分けられました。

その時に、それまでは別院と言っていた築地本願寺をいわば格上げしたんです。私はその最大の子会社の代表権を持っている社長という形です。でも、所詮よそ者ですので、そんなに偉いお坊さんではありません。

——でも、そこが僕は真宗の懐の深さだと思っているんです。つまり、もともとお寺で育ったのではなく、人生のキャリアの中途で得度を受けられた方を、宗務長という経営的な部分の長に据えたわけですから。

安永 新しいものを取り入れるのが好きなのは、どうも浄土真宗本願寺派の伝統らしいんです。明治時代も当時の御門主が元勲たちと一緒に欧米を視察し、キリスト教は音楽と壮麗な儀式でやっていると知ると、讃美歌のような賛歌をたくさんつくっているんです。

築地本願寺も当時の大谷光瑞(こうずい)門主が「これからは教会のような誰もが入れて、椅子に座ってやれるお寺が必要だ」と、関東大震災で被害を受けた本堂の再建を当時の東大教授だった伊東忠太に設計を依頼し、戦前の昭和9(1934)年につくったのです。

「コーポレーション」としての寺院

——確かに、お寺というにはモダンなつくりですよね。実際にお寺に入られてみていかがでしたか。

安永 それはもう、やはり伝統の重みに打ちひしがれそうになりますよ(笑)。もともとお坊さんだった方が98%ぐらいですから、やはりそれなりの苦労があります。個人的に一番大変だったのは、お坊さんの組織の長なので、当然、宗教的な儀式を導師として主宰しなければいけないことです。

これは大変です。1年間は必死でした。ちゃんと調声といいますかリードをとって、仏様の前に上がって1人でお唱えしなければいけない。お経の数も結構ある。今でもそんなに上手くはありませんが、それができて初めて、お坊さんとして認められる世界です。皆さんのご指導よろしきを得て、なんとかやっております。

——ほとんどの方が生まれながらにお寺で育って、若い頃に得度している。在家で途中から仏の道に入るというのはなかなかハードルが高いですね。

安永 僕はこれが3度目の仕事になるんです。1度目は銀行員、2度目は経営コンサルタント、そして3度目がこのお坊さんです。自分では比較的適応力があると思っていましたが、大きな環境変化に適応して物事を推進していくのは、やはり大変なことですね。

——周りが安永さんのことをお坊さんの世界では素人だと見ている中、前からいた人たちを納得させ、自分の考えを理解させるために努力されたことや工夫はどのようなものでしょう。

安永 ビジネスの世界と宗教の世界は言葉がまったく違います。その差を埋めていこうとすると、ものすごく葛藤を生みますね。私はもう反感を買うのを覚悟で、宗教法人も株式会社と同じ「コーポレーション」だと言いました。株式会社は利益を株主に配当するという役割があり、公益法人の場合は株主はいないので、それは公共にまた返せばいいのです。

でも、コーポレーションをサスティナブルに運営していくためには、ちゃんと収入を上げないといけない。だから、目的は違うけど会社とやり方、運営方法はまったく一緒だ、と常に言っているんです。これには、「寺院は株式会社と違う」とものすごい反発を受けましたが、そこは根比べです。

——やりとりしているものは違うけれど、寺院には信仰というものがちゃんとあり、それを門信徒の方に伝えていくということですね。

安永 ええ。だから、高度なサービス業ですよ。でも、サービス業と言うと、また反発を生む。そこで、「サービスという言葉の語源は何か」と問うのです。キリスト教におけるミサや法要のことを「サービス」と言うんですね。モーニングサービスというのは喫茶店のサービスのことではなくて、朝、教会で挙げる儀式のことなんだ、と話して、そういう意味では一緒なんだよ、と言い続けています。

——皆さん、だんだん変わってきたところはありますか。

安永 そうですね。日本の人口の3分の1が集まる首都圏で、どうやって伝道、布教していくのか。こういうやり方をしたら新しい方とご縁が結べて、その人たちがだんだん信者さんに育っていくということを、今、身をもって示しているところです。

3年前に築地本願寺銀座サロンといういわばカルチャーセンターをつくり、お蔭様で3年弱で登録メンバーが6,000人になりました。

また、一昨年の11月からこの境内地を改装して築地本願寺合同墓というお墓をつくりました。新しい形のお墓ですね。生前にお申し込みいただき、年会費や維持費は一切無料です。生前の安心を提供する、ということをさせていただき、1年半ぐらいで約5,000人の方にご契約いただきました。

この人たちが徐々に門信徒になっていくというプロセスを今、実証しつつあるので、職員の人たちから「新しい宗務長が言っているのは、あながち嘘ではなさそうだ」と思われてきたようです(笑)。

築地本願寺本堂
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