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茂木奈津子:トレーナーとして全米オープンテニス優勝に貢献

2019/04/15

アスレティック・トレーナーの役割

──ATという仕事は、わが国ではあまり知られていませんが、スポーツの現場ではすごく重要な仕事です。医者はケガをした選手を病院で治療する。一方、トレーナーはスポーツの現場で選手の体に触れ、試合でのパフォーマンスを上げることに関わるわけですね。

茂木 ATの大きな役割の1つはケガの予防です。テーピングやストレッチの他、チームの管理もそこに入ってきます。またケガをしたときの応急処置は欠かせないものです。

さらに、ケガで病院に行って治療をし、ある程度まで回復した後、競技をできるところまでに戻すための「アスレティック・リハビリテーション」という役割があります。これが一番重要ではないかと思います。

──そこが重要ですね。病院は、治療をして日常生活に復帰できるようになれば退院させて終わりです。ところが、スポーツ選手は競技復帰をしなくてはいけない。そのリハビリにおいてトレーナーの役割が重要なのですね。

茂木 そうですね。ナショナルトレーニングセンターとかJISS(国立スポーツ科学センター)ではリハビリも見てもらえるのですが、どちらもJOC(日本オリンピック委員会)の強化指定選手、あるいは競技団体の推薦を受けた選手でないと利用できません。

──ATが、競技横断的にアスレティック・リハビリテーションを行うような部門があると、慶應の体育会もいいのではないかと思うのです。

茂木 本当にそうですよね。スポーツ科学部や体育学部がある他の大学は学生トレーナーの活動も盛んです。

また、最近では全国的に高校にATを置こうという動きがあるようです。早稲田は2005年よりATを配置しています。慶應も是非推進してほしいですね。そして、ATが広く認知されるといいなと思います。

──テニスでタフな試合が連日続く場合、限られた時間の中でいかに疲労を回復させるかというリカバリーが非常に重要ですね。

茂木 はい。マッサージもしますが、とにかく試合が終わった直後に栄養補給をし、クールダウンで走るか、バイクを漕いでから入念にストレッチをします。大きな大会になるとアイスバス(冷たい風呂)が設置されていて、それを使うこともあります。

テニスは勝ち進むとほぼ毎日試合が続くので、試合後にマッサージを受け、食べて、早く寝るということが疲労回復の基本になります。特にランキング上位や人気のある選手は、夜の試合が増え、試合が終わるのが12時過ぎということもあります。

その後メディア対応が終わって、ケアをして、やっと夜の2時に寝るという感じになります。トレーナーも体力勝負です。

──僕はテニスの大会はよく知らないのですが、4大大会は、やはり他の大会とは全然違うのですか?

茂木 4大大会は別格です。まず会場の規模が違います。日本で一番大きいとされる有明コロシアム(改修前)は観客席1万人でしたが、全米オープンのセンターコートは約2万4千人収容できます。ウィンブルドンではセンターコートに入れなくても「マレーヒル」という芝の丘でピクニックをしながら大画面で観戦するという楽しみ方もできます。直接選手と触れ合えるイベントも多い。

選手もすべてにおいて最高級のサービスが受けられます。ただ、トップシードの選手は練習コートや練習時間を優遇されたりしますが、下位選手とは待遇が違うことも多いのです。そのサービスを受けたいのなら頑張りなさい、という厳しい世界ですね。

トレーナーを目指したきっかけ

──茂木さんは幼稚舎から慶應義塾に学んで、学生時代は体育会庭球部で選手として活躍されましたが、なぜトレーナーという職を選んだのでしょうか? 慶應の教育の中でトレーナーになりたいという選択肢はあまり出てこないと思うのですが。

茂木 グランドスラムはテニスをやっている人は誰でも憧れますが、子供のときにテレビでウィンブルドンを観ていて、選手でここに行くのはとても難しいのだろう、と思っていました。でも、何とかあのコートに立てないかなと思っていると、一人の女性がバッグを持ってコート上の選手に駆け寄るシーンがあり、「あっ、この人になりたい」と思ったのです(笑)。今思えば、その人がトレーナーでした。

高校時代にケガをして膝の手術を受けたことがきっかけで、スポーツ医学という分野を知ったのですが、その当時は医学部に行くことなんて考えもしませんでした。

その後、大学時代にお世話になっていたトレーナーの先生との出会いで、その道に進む決心をし、トレーナーを数多く輩出している花田学園という医療系専門学校を受験しました。3年後に鍼灸あん摩マッサージ指圧師の国家試験に合格し、同校でATの資格も取りました。

──ずっと変わらずテニスが現場なのですか。

茂木 そうです。昔は他の競技にも携わっていましたが、やはり自分のやっていた競技に関わりたいという思いが強く、運良く続けられています。

──慶應の体育会のセルフケアプログラムという、学生トレーナーを育成する講座でも茂木さんに講師をやっていただきました。残念ながら2年前になくなってしまいましたが、そこでトレーナーやスポーツ医学に興味を持った学生もいたようです。

茂木 そうですね。6、7年やりましたでしょうか。各部のマネージャーや、独学で勉強している学生トレーナーが受けてくれていました。私自身もいい経験になり、今につながっています。

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