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葛西健:WHO西太平洋地域事務局長に就任

2019/03/15

  • 葛西 健(かさい たけし)

    WHO西太平洋地域事務局長
    塾員(1990医)。厚生省を経てWHO西太平洋地域事務局感染症対策課長。WHO ベトナム代表、同地域事務局次長を経て、本年2 月より現職。

  • インタビュアー天谷 雅行(あまがい まさゆき)

    慶應義塾大学医学部長

事務局長選挙を終えて

——葛西さん、次期WHO西太平洋地域事務局長に選挙により選出されたこと、誠におめでとうございます(2月1日に就任)。まず当選したときの感想や、その前後のことをお話しいただければと思います。

葛西 今回当選できましたのもひとえに、皆さま方の応援のお蔭だと思っており、心から感謝をしております。選挙活動をしていて、応援してくださっている方々のお気持ちを一身に背負っているという責任を非常に感じました。

そういう意味では、当選して、「これできちんとご報告ができる」と思い、まずはほっとしました。今回、過半数を取るまでに2回投票をしたので、1回目で取れなかったときは凍りつきまして(笑)。当選して1週間ぐらいしてからジワジワと、「いや、すごく責任の重いポストだな」と感じてきました。もちろん、頭では分かっていたつもりでしたが。

やはり、皆さまからの想いが託された1票というのは重いものですね。

——支えてくれる人がいるからこそ、自分がこの職責を全うすることが大切なのだと思わせる勇気にもなりますね。

葛西 おっしゃるとおりです。それはとてもいい表現だと思います。

——今回は何人の候補者が立たれたのですか。

葛西 私を含めて4名です。以前WHOに勤めていた女性が2人と、南の島のニウエという小さな国とニュージーランドの2重国籍を持っている男性です。

37の国と地域で投票権を持っているのは30で、そのうちの14票が南の島ですから、もしそこが1つに固まり、さらに1、2票付くと、それで負けるという状況でした。

——葛西さんは日本人では何人目の地域事務局長になるのですか。

葛西 私で3人目になります。最初が後にWHO事務局長にもなられた中嶋宏先生。2人目は尾身茂先生です。慶應の法学部でも学ばれていて特選塾員でいらっしゃる。任期は1期5年。2期までです。

——地域事務局長というのは具体的にはどういうお仕事をされるのですか。

葛西 この西太平洋地域には19億人の人々が住んでいます。地域事務局長の仕事というのはとても幅が広く、例えば私の専門分野の感染症で言えば、万が一、新型インフルエンザが発生した場合には、国境を越える対策の陣頭指揮をとらなければいけない。このようにまず健康危機管理に対する仕事があります。

さらに、今、アジアの国々は急速に経済発展している中で、保健医療システムを刷新しなければいけないタイミングに来ている。そのためのアドバイスも重要な役目です。

各国にはWHOの国代表を置いているのですが、そのオフィスを使い、各国の保健医療システムに対する直接的なアドバイスをしていくわけです。

——事務局長のオフィスはマニラですが、マニラに滞在するのは、1年間で半分ぐらいになってしまうのですか。

葛西 私の前の事務局長は年におよそ200日出張していました。37の国と地域がありますし、ジュネーブの本部、あとはやはりワシントンに行くことも多いですね。

——想像を絶するタスクですね。ご家族は、当選についてはどう受け止めておられますか。

葛西 家族に聞いてみないと分かりません(笑)。6カ月間の選挙期間中は本当に迷惑をかけました。2日しか自宅に帰らなかったものですから。何かよく分からないけど、大変なことが起きていると思っていたようです。

「未来の問題」に対処する

——葛西さんが事務局長になって、具体的にこう変わるのだ、という方向性はどのようなものでしょうか。

葛西 この地域は、現在急速に社会が発展しているので、先手先手の政策を打っていかないといけないのです。

保健医療分野にはヘルス・トランジションという概念があります。社会の発展に伴い、例えば結核とかマラリアという根絶に向かっている疾患がある一方で、高血圧、糖尿病といった生活習慣病が多く出てきている。ちょうどこの両方が交差している状態のことをトランジションと言うのです。

将来、根絶できるであろう疾患については、WHOは経験と知見もあり、大きな成果を上げています。例えば母子保健では、妊産婦の死亡率を過去10年間に63%も落とし、あるいは結核の死亡率を30%、マラリアも約90%落としている。

一方、これから増えていくであろう疾患に対しては、まだきちんとした対策が同定できていないのです。ですから、私はその「未来の問題」に対し、先手先手の保健医療政策を打っていきたい。

その「未来の問題」とは何かというと、1つはやはり感染症の危機管理です。皮肉な話ですが、どんどん対応能力が高まってきた一方、各国間のヒトとモノの往来も急激に増えたので、遠いアフリカの僻地の病気が48時間以内で日本に入ってくるのです。

——そうですね。

葛西 2014〜15年のエボラ出血熱の流行が典型です。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時にシミュレーションしたら、アジアの空港から感染が達するのは地域外ではごく限られた空港でしたが、エボラのときは、アジアの7つの空港が「ハイリスク」と出ました。過去15年間に航空交通量は3倍に増えており、この地域の感染症への危機も増えている。

2つ目は、明らかな生活習慣疾患の増加、そして高齢化の問題です。ヨーロッパで高齢者の人口比率が2倍になるのに100年以上かかったのに対し、日本は24年間、ベトナムは17年間です。中国も似たようなペースで高齢化を迎えています。

——これからベトナムや中国は急激に高齢化が進むわけですね。

葛西 中国に至っては、60歳以上の方の数はすでに日本の総人口の2倍います。

それから3つ目として気候変動や環境破壊に伴う健康被害の問題についても、やはり未来の問題として対策を打たなければいけません。

これら3つの問題は全ての地域の関心事であることは間違いないですが、最も早く発展をし、1番先を走っている地域として西太平洋地域は位置づけられています。例えばアフリカではまだまだマラリアや髄膜炎といった病気が多いのです。

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