【話題の人】
竹本勝紀:地域のために 銚子電鉄は走る
2019/02/15
震災を機に社長へ
──その後、取締役から社長になるわけですね。
竹本 借金を減らしたり、税金がかかることを回避したりしたこともあって資金が何とか回るようになり、社長もそれなりに信頼してくれたのでしょう。次の取締役の改選で社外取締役になりました。
──それから2012年に社長になられた。
竹本 実は「ぬれ煎餅」のブームが起き、営業利益を1億円出した時期がありました。黒字が続いたので、これでもう安泰かと思っていた。老朽化した車両も一応買い替えることができた。
ところが、その翌年、東日本大震災が起きてしまったのです。いわゆる原発事故の風評被害の影響で銚子駅前のロータリーには人っこ一人いない。「ぬれ煎餅」ブームの頃は山手線並みのラッシュだったのが、震災後は人ではなく空気を運ぶようになってしまった。
それで、業績がどんどん悪化し、ついには預金残高が50万円になってしまった。独身のサラリーマンではあるまいし。借金は2億あるわけです。そういったどうにもならない状況の中で、私がワンポイントリリーフとして社長になることになったんです。
ちょうどこの頃、ある一部上場企業の会長を務める銚子出身の資産家の方が、自分のポケットマネーで一般財団法人を銚子につくり、1億5千万円のお金を用意した。これは何かというと、要は銚子電鉄を買い取るためにつくった財団法人です。
──買収するためですか。
竹本 まあそんなところです。その話に前社長が反対していた。実は財団の副理事長が当時の銚子市長で前社長とそりが合わなかったんです。この財団の傘下に入ったら当然、自分も辞任することになるだろうと。
しかし、預金残高が50万円しかない。現実的に考えたら私が一時的に社長に代わり、はんこを3回ほど押し、この財団傘下に入るしかないだろう、という話に取締役会でなったのです。
ところが財団幹部に会ったところ、この資金は新たに設立する「新・銚子電鉄」のために使う資金であって、現在の銚子電鉄には1円も出すつもりはないとのことでした。要するに、第2会社方式による再生スキームの実施を考えていたわけです。そして借金の返済を直ちにストップせよとの指示を受けた。さすがにできないですね。私も税理士だし。何でそのように短兵急に事を進めていたかについては明言を避けますが、まあ色々と事情があって…。
結局、このことがメインバンクの不興を買うことになった。かくして時間をかけて、正攻法で再建を目指すという方向に落ち着いた。しかし財団からは「あんたは手ぬるい。我々は手を引く」と縁を切られてしまったんです。 そこで中小企業再生支援協議会に飛び込み、長期的な再建に取り組もうということになり、冒頭の「銚子電鉄運行維持対策協議会」の話につながっていくわけです。
──そんないきさつがあったんですね。
竹本 そうです。ところが、直後の市長選で市長が僅差で敗れてしまい、風向きが変わりました。勝ったのが塾員で、越川信一さんという現職です。私と同期で経済学部出身なんです。
──それはまた、不思議な縁ですね。
竹本 ええ。市長と会い、「初めまして。慶應の同期ですよね」という話になり、以来、様々なイベントに挨拶に来てくれたりしています。そのように塾の縁にはものすごく助けられているところがあります。
そして2013年12月、運行維持対策協議会議長で塾員の伊藤さんが声高らかに、「銚子電鉄は銚子にとって必要だとここで宣言します」と言ってくださったのです。そして、不祥事があったので銚子市からの補助金は10年前から凍結されていたのですが、復活させるべきだという結論に至った。銚子市からの補助をいただけるという結果を受けて千葉県からも補助を受けられるようになりました。
──よかったですね。
竹本 実は県から補助を受ける直前に脱線事故を起こしてしまったのですが、地元の高校生たちがクラウドファンディングでお金を集めて500万円寄付してくれました。おかげで脱線した車両も448日ぶりに復帰しました。
デジタルの世界の向こう側に、いわば温かいアナログの心があるわけです。銚子電鉄はやはり地域のために存続すべきであり、地域と一体の関係があるので地元の応援を受けて頑張っていこう。そういう中で日々過ごしています。
「エンタメ鉄道」が走る
──銚子電鉄は様々なアイデアで話題です。「エンタメ鉄道」とも言われたりしていますね。
竹本 沿線人口は減る一方なのです。終点の外川(とかわ)は、10年前の人口は5千人でしたが、今、3千人を切っている。限界集落に向かう限界鉄道ですよ。地元の皆さんに、「もっとたくさん乗ってください」と言うわけにはいかない。
──やはり観光客という話になる。
竹本 そうです。国内外からたくさんのお客さんに来てもらうことで、地域経済に対し少しでも貢献したい。
といって、乗ってみると分かるのですが、沿線には景観ポイントと呼べるようなところがない。海沿いを走っていると思われる方も多いですが、海はほとんど見えません。であれば、いろいろな面白い企画を打ち出して、エンターテインメントに舵を切るしかないと、いろいろバカなことをやっているわけです。
──「お化け屋敷電車」とか、「イルミネーション電車」とか。
竹本 そうですね。それもただのイルミネーションではなく、オールピンクのイルミネーションです。なぜなら、ピンクのLEDが一番安かった(笑)。運行初日にテレビ局で放送されたら、「いやらしいじゃないか!」と、うちの社員は1時間ずっと電話で叱られていました(笑)。でも、逆にそれが話題になり、集客に成功しました。
「お化け屋敷電車」は行って帰って50分間、途中下車禁止(笑)。
──終点でも降りないのですか。
竹本 そうです。「我慢しなさい」というアトラクションです。もはや移動手段ではない(笑)。
──竹本さんがイラストのモデルになっている「まずい棒」の売り上げは今どのぐらいですか。
竹本 約60万本、2500万円ほどで結構順調です。発売日が昨年8月3日、破産の日です(笑)。縁起が悪いから、18時18分に発売開始しました。「破産、いやいや」ということで(笑)。
──震災以降、観光客は戻りつつある感じですか。
竹本 あまり戻ってないですが、外国人客は増えつつありますね。一昨年4月に、当社は台湾の蘇澳(すおう)線と姉妹線締結をしています。首都圏から2時間ぐらいで銚子と同じような立地にあり、共通点も多いのです。蘇澳線で使用した切符を見せてくれれば、1日銚子電鉄に自由に乗っていいとしたんです。
この前、向こうの女子大生のグループが来てくれました。私が外川まで運転したのですが、大喜びしてくれて、すごく嬉しかったです。
──竹本さんは2016年に電車の運転免許を取られて、それから実際に運転をされているのですよね。
竹本 顧客目線の立場からも運転免許を取得すべきだと思い、甲種動力車操縦者運転免許というものを取得したんです。訓練すればどこでも運転できる国家資格です。
──実は、観音駅近くの圓福寺には塾の斯道文庫の佐々木孝浩教授が古典籍の調査でよく通っているとのことです。
竹本 そうですか。圓福寺さんにもイベントのたびに寄付をいただいたり、いつもお世話になっています。今月、「銚子電鉄御朱印帳」と「日々是返済」という切実な思いを表したお守りを発売しますが、そのアドバイスも住職にしていただきました。

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