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竹本勝紀:地域のために 銚子電鉄は走る

2019/02/15

  • 竹本 勝紀(たけもと かつのり)

    銚子電気鉄道株式会社代表取締役社長
    塾員(1986経)。税理士。銚子電鉄顧問税理士から2012年代表取締役に就任。2016年電車の運転免許を取得。

銚子電鉄との縁

──竹本さんは銚子電鉄の社長として様々なメディアに出られています。

竹本 出るのは本望ではないのですが、とりあえず会社がつぶれそうなので、やむを得ずということなんです(笑)。

この間、私の地元の木更津三田会でも、銚子電鉄のことを心配してくれた方々が、貸し切り列車を仕立ててくれました。私が電車を運転して、沿線案内をしながらDJをする。DJというのはディスクジョッキーではなく「ドン引きする冗談」(笑)。

一番、塾の関係でお世話になったのは、銚子電鉄が本当に銚子の町に必要かどうかを協議する「銚子電鉄運行維持対策協議会」を2013年4月に銚子市役所内に立ち上げたときです。地元政財界の有識者の皆さんに、向こう10年間の長期的な経営改善計画書をお示ししたのですが、その議長が塾高出身の伊藤浩一さんでした。

──銚子出身の方ですか。

竹本 そうです。大変立派な方で、当時銚子商工会議所の会頭をされていました。現在、千葉県公安委員も務めておられます。まさに地元の名士ですね。

副議長が坂本雅信さんという方で、この方も塾高出身です。大手商社、市議会議員を経て全国漁業協同組合連合会の副会長で、銚子漁協の組合長です。漁協の組合長でMBAを持っているのは、たぶんこの方だけかと(笑)。

──そもそも銚子電鉄と竹本さんとのご縁はどういったところから。

竹本 2005年2月に私は初めて銚子電鉄を訪れました。お世話になっている弁護士さんが銚子電鉄の顧問弁護士で、そのとき会社が非常に厳しい状況に陥っていた。実はその前年に当時の社長が業務上横領で逮捕されたのです。社長がこしらえた借金だけど、業務上横領なので会社が肩代わりしなければいけなくなった。そこで、「会計の専門家がいない。助けてやってくれないか」と。

──それで顧問税理士になられた。

竹本 そうです。「もう破産の申し立てをしなければいけないけれど、裁判所に納める予納金もない」と言う。

当初は、真面目に「経営改善計画書」をつくりました。まだ政府系の財政投融資機関からの融資を受けていなかったので、これはチャンスだと思い、お願いに行ったら、国民生活金融公庫が1500万円、もう一つの中小企業金融公庫からも5500万円、合計7000万円貸してもらいました。

それで一息ついたと思ったのですが、鉄道というのは装置産業ですから、線路を直したり、電車の車検で、あっと言う間にお金がなくなる。さらに、長い間放置されてきた枕木が腐っていたり、信号機を修繕したりで、半年ぐらいで運転資金がほとんどなくなってしまったわけです。

当時の市長は元キャリア官僚で、もちろん有能な方ですが、東大時代の伝手で日本政策投資銀行のエリートを銚子市の参与という肩書で引き込んでいました。2006年の秋口、その参与に社長ほか幹部が呼ばれ、「今すぐ実現可能な再生計画を示せ」と言われた。「今すぐ実現可能な」って、苦しんでいるのに実現できるわけがない。途方に暮れる社長や専務に「大丈夫、きっと何とかなりますよ」と言って慰めるのが精一杯でした。

奇跡のぬれ煎餅

──それで「ぬれ煎餅」を売り出すわけですか?

竹本 「ぬれ煎餅」自体は1995年から発売していたのですが、自分でレンタルサーバーを借りて、ネット販売を始めました。そのときはまだ税理士で、社外取締役でもありませんでしたが、とにかく時間があれば一生懸命、煎餅の販売を手伝っていました。数字だけ見て、やいのやいの言っていても売り上げを増やさなくてはしょうがない。だから、いろいろな機会に手伝いに行っていたのです。

道行く人に、お煎餅をつまんで口元に持っていくと口を開けて食べてくれる。「おいしいでしょ?」と聞くと、よほどまずくなければ「おいしいです」と言います。そこで「おいしいなら買ってください」と言う。「ごちそうになったら買わなければいけない」という日本人的な気持ちを利用する(笑)。これを返報性の原理と言います。もう一つは論理的な一貫性。「おいしいでしょ?」「おいしいです」「では買ってください」「買います」(笑)。この販売テクニックによる試食販売です。

1日100万円近く売れたこともありました。でも、そんなものは焼け石に水です。しまいには労働組合から借金をするまで追い詰められました。このままではまずい。それで「銚子電鉄の最後の闘いをぜひ取材に来てください」と、TV局などにプレスリリースを書きました。でも、「ぬれ煎餅」なので湿っていてなかなか火がつかない(笑)。

そういう状況の中で、当時の経理課長が放った一言が、「ぬれ煎餅を買ってください。電車の修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」。

──やはり、このフレーズが利いた。

竹本 これですよね。「だしの利いた醬油の香りがどうの」というキャッチコピーではなかなか火がつかなかったのに、そこに火玉を入れてくれた。

その後、フジテレビの報道番組で、「ぬれ煎餅」のブームが起きるまでのプロセスを再現ドラマとして放送したところ、反響が非常に大きかった。そのように経理課長の放った一言が銚子電鉄を救うことにつながったわけです。

──「奇跡のぬれ煎餅」という話ですね。

竹本 そうです。「煎餅を買ってください。電車の修理代が」というのは、もはやキャッチコピーではなく悲痛なお願い文です(笑)。これが全国の皆さんの胸を打った。オンラインショップでの注文が1万5千件くらい。1日のアクセス数が100万件もあり、サーバーがダウンしてしまった。

バックオーダーを1万件くらい抱えてしまったところで、もう発送できないから注文を打ち切り、最後に注文を受けた方に煎餅を送ったのが何と受注してから半年後です。だから、当時、まことしやかにネット上でささやかれたのが「ぬれぬれ詐欺」(笑)。

──注文しても送ってこないと。

竹本 そうそう。それでも皆さん温かく見守ってくれて、何とか復活できたのが2007年のことでした。

仲ノ町駅、右の駅舎が銚子電鉄本社
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