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村上祐資:人間の暮らしの原点に迫る「極地建築家」

2018/11/15

宇宙から人間の生活を考える

──これから先はどのようなことを考えているんでしょうか。

村上 まず、退役した南極観測船「しらせ」が、今、南船橋にありますが、それを借りて模擬火星実験を行いたいと思っています。僕の提案は、これを火星に行く宇宙船として捉え、ここで模擬実験をして、人間の暮らしとは一体何かということを見ていきたい。

──どこかをクルーズするのですか。

村上 いや、停泊して、外からは完全に隔離された状態でやります。船倉にある雪上車などを置くエリアを宇宙船の外と捉えて、例えば宇宙船に穴が開いて修理するような設定のときは、その空間で宇宙服を着て作業をする。

他の模擬火星実験施設というのは、人類がすでに宇宙に行く準備ができていることを証明するための基地でしたが、僕は逆に、ここを「まだやめておけ」ということを証明するための基地としたいんです。つまり、宇宙に行くことを目的にしたいわけではなく、宇宙から人間の生活を考えたいのです。

そこで、人間の「逆境力」、つまり人の気持ちが「折れた」後にどうやって回復していくかのプロセス、方法論を構築したい。同じエリアに管制室もつくります。地球と火星というのは最大40分ぐらいの通信の遅れがあるので、「こんにちは」と言ったら40分後に返事が届きます。そんな通信環境の中で、どんな言葉で人間がどこまで回復できるかも明らかにしたい。

今まではいろいろな極地での暮らしを見てきただけですが、極地の暮らしを改善するためにどういうことができるかを探っていきたいと思います。

──今のSFCの学生や若い世代にはどんなことを伝えたいですか。

村上 最近、学生たちから宇宙の建築をやりたいという相談がよく来ます。彼らの考えの根底には、SF的なことをやりたいというところがあります。それは別に否定しないけれど、人間の命を預かることとは「別のものなんだよ」とは言いたい。

SFCで池田さんと一緒にやらせてもらったときは、宇宙を実験場として建築や人間の生活を考えていた。宇宙から一歩引いて見るのは、すごく大事なことでした。宇宙に自分が行きたい人だけが建築を始めてしまうのは良くないと思います。

──外から何か違う価値観を持ってこないと。根本的に、建築というのはモノをどれだけ効率的に運び、現地で組み立てていくかというロジックの問題ですからね。

村上 そういう視点がないとまずいと思うんです。また、今は僕が若かった頃よりもポジティブな情報を、SNSなどで事前に手に入れられるので、最近の若い子たちはよく勉強しているし、「やります」という姿勢はすごくいい。でも、いざやってみると覚悟と恐れが足りなすぎる。

僕が宇宙をやりたかったとき、宇宙などという未知なところに飛び込むのだから、ビビりながらやっていたわけです。今は3DプリンターやAR・VRなどのいろいろな技術で「恐れ」を処理してしまう可能性があるので、「正しく恐れる」ということをきちんと伝えたいと思います。

──今、村上君のようなスタンスの人というのはほかにいるのですか。話を聞くと、コミュニケーション学の実践者みたいな感じですね。

村上 世界でもいないと思います。結局、これもあれもとやって、ガッチリ何かをというのはなかなか……。それを許容してくれたのがSFCだったので(笑)。

──村上君のますますの活躍を期待しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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